小説 | ナノ


  ほんのう


 もともとあまり場の雰囲気は良くなかったが、先の小平太くんの発言によりとても悪いものとなった。こんな険悪な空気なのだ。もちろん今現在の私の肩身はどうかというと極限に狭い。消えてなくなりたいレベルだよ小平太くん助けてください。
 掴んでいた服の裾を放して小平太くんの近くへにじり寄る。こちらに気付いたようで、小平太くんはにこっと笑って手を握ってくれた。
 そしてあの音である。

 ――ぴろーん
 ――好感度が上昇しました

 忍術学園六年ろ組
 七松小平太 15歳
 好感度:100
 状 態:健康

 おめでとうございます好感度が100に到達しました……。好感度の上昇はここで打ち止めだろうか?
 それにしても、繋がれた手は温かくて、彼の笑顔にちょっとだけどきっとした。こんな人に守ってもらえるなら、この妙な騒動に巻き込まれてもいいかもしれない。目を開けてみれば草原だったり、森の中だったり。今いるこの場所は戦国時代らしいし、忍者とかいうものが居るらしいし。許容範囲超えてますよね正直。
 手を握ってもらったまま私は小平太くんを見つめていた。正確には吹き出しを、であるが何も書かれていなかった「状態」のところに新しく「健康」と表示されたのだ。好感度が100になったからだろうか?
 もんもんと考える私の横で、小平太くんはまっすぐと前を見据えていたらしく、急なおじいさんの呼びかけに遅れることなく返事をした。

「小平太」
「はい」
「お嬢さんのお名前は何と申す?」
「みょうじなまえです」

 二人のこの短いやり取りの後、私は思考の海から意識を戻す。何を言われるのだろうとドキドキしていると、おじいさんは懐にスッと手を入れた。部屋の中にいた全員が、武器を出すのかとピクリと動いたが、おじいさんが取りだしたのは閉じられた扇子である。おじいさんがそれをバッと開くと、扇子にはあっぱれの文字が書かれてあった。

「小平太の申し出……もちろんオッケーじゃ!!」
「ありがとうございます!!」
「学園長ーーー!?」

 黒服の方々の不服そうな叫びをBGMに、おじいさんと小平太くんは笑顔でやり取りを交わした。
 おじいさんが言うには、お告げがあったらしい。ひらひらした布に身を包んだ少年が寝ている時に現れた。少年は自分のことを神と名乗り、更には自分の巫女をよこすから重々頼むと。巫女は七松小平太が連れてくるから、くれぐれも彼女に怪我をさせないようにと。夢かと思ったが、現実であるという証拠に少年から紙を手渡されたらしい。巫女の名前と、自分の巫女であるという証拠に青いガラスのトンボ玉の精巧な絵が描かれているとのことであった。そこで急激に眠くなって眠ってしまったらしいが、目が覚めて手に握っていた紙を開いてみると、確かに「みょうじなまえ」という文字と、トンボ玉の絵があったのだ。

「神様は最後にこう締めくくられた。巫女が必ずや幸福をもたらすであろう、と。だからわしはお嬢さんを保護致す!」
「しかし今までの……」
「彼女らとお嬢さんは違おうて。身勝手な主張・振る舞いがまるでない。神様からいただいた紙というのがこれでの。お嬢さん、字はこれであっとるかの」

 おじいさんから見せられた紙には、えらく達筆な字で「みょうじなまえ」と書いてあった。本当だ、私の名前だ。そして帯留めととして使っているトンボ玉と全く同じ絵と言うか、写真も一緒に載っていた。
 黒い服の人達は徐々に警戒を弱めて行っていたが、それでも納得出来ない部分があるようだ。

「ふむ……先生方は未だ納得出来んようじゃの」
「知らない人間をいきなり信用しろという方が無理です」

 そう言うと、黒い服の人達は目線も鋭く私を睨んだ。周りの空気が重たくなったような感じがして、息がしづらくなったような気がする。
 苦しくて寒い。息が出来ない。この苦しみから解放されたい。
 そのためには、死んでしまえば楽に……。

「なまえちゃん」

 優しい声で名前を呼ばれ、握られた手をくいっと引かれる。

「大丈夫だよ、安心して」

 太陽みたいな明るい笑顔で、小平太くんが握った手にぎゅっと力を入れた。小平太くんから体温が移って来ているみたいに、繋がれた手からじわじわと温かくなっていくような気がした。

「そうじゃぞ巫女様。安心してくだされ」
「は、はい……」
「先生方、何よりの証拠は小平太にありましょう」
「学園長……」
「今までの反応が嘘のように、あの七松小平太が巫女さまに懐いておるんじゃ。大丈夫でしょう」

 あの、ってどういうことですかと思ったが、黒服の人達はごもっとも!といった表情で頷き、私を受け入れてくれるようなので言及はしなかった。


 教師の長屋のそばに、私の部屋を誂えてくれるらしく、話はとんとんと進んでいった。彼らは逐一私に確認を取ってくれるのだが、お世話になる身であるので、すべてお任せした。タダ飯食らいは非常に肩身が狭いので、何かすることがあればやりたいですと申し出たのだが、忍術学園の生活に慣れるまではしなくてよい、と言われてしまった。しかしそう言われても期間を設定しなければ、私はいつまでもだらけていそうなので食い下がると、最初の一月の間は食事の片付けだけをすることになった。



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