小説 | ナノ


  作法委員会


 私が作法委員会に所属したのは、知らず知らず身に付いたかもしれないお作法の変な癖や宜しくないところを矯正してくれるのでは、と思ってのことだった。まさか首実験やら死化粧やらからくり制作に精を上げている委員会だとは思わなかった。辞めるに辞めれず所属3年目となるが同級生である浦風藤内くんがいなければ私は続けられなかっただろうと思う。先輩が怖すぎる。
 女の子と言うこともあって私は立花先輩から可愛がられてきたが、その優しい面だけでなく彼が同級生に向けて行う容赦の無い面も知っているため、どうにも立花先輩へ気兼ねなく抱きついたりだとか声をかけたりだとか出来ようもない。

「なまえ、同室の奴からまんじゅうを貰ったんだ。お前にやろう」
「これはな、先日同室の奴と町に行った時に見つけた団子でな。ほら、いろいろ買ってみたんだ。食べなさい」
「同級生からうばっ…貰ったんだが、おはぎは好きか?きなこや青のりなどいっぱいあるぞ」
「ああそうだ。なまえ。これをやろう。プリンというらしく、おばちゃんからいただいたのだ」

 いつからかよくお菓子をいただくようになった。立花先輩のこういったお声かけは大変嬉しいのだが、毒が混入しているのでは?とついつい疑ってしまうのは仕方の無いことであると思う。なにしろ当時、私は10歳。「いい?忍たまに舐められないようにね」「私たちがやってるみたいにしびれ薬の入った甘味とか持ってくるかもしれないわ」「ほいほい忍たまから物を貰ったらだめよ」などなどをかさねがさね、くのたまの先輩からうるさいくらい言われていた時期だ。
 最初、立花先輩からいただいたお菓子は「ありがとうございます。藤内といただきます」と言って受け取っていた。藤内と一緒に食べるのは嘘ではない。事実である。これを食べても大丈夫だと思う?と同じ委員会の彼を頼りにし、相談に乗ってもらっていたのだ。
 僕が食べてみるよ、といつも毒見薬を買って出てくれるので、自然と私たちは仲良くお茶をするようになった。今でこそ立花先輩を全く疑っていないが、藤内とのお茶会は、先輩たちの授業が終わり委員会が始まるまでのちょっとした時間を使っていた。


 委員会が行われる部屋は忍たま側の敷地なので、3年目とはいえ忍たま敷地に入るのはいまだにドキドキする。合同演習で仲良くしたことのある三年生ならいざ知らず、その他の忍たまさんとお話しするのなんてきっと緊張しすぎて会話にならないと思う。
 二年生になるまでは、どきどきそわそわしながら、忍たま敷地に足を踏み入れたものだった。きょろきょろしながら歩き、知らない人に会わないように道を選び、作法委員会室までたどり着くまではちょっとした任務を受けているような心もちであった。迷ってしまった時は本当に絶望感でいっぱいで、私はこの広い学園で迷ったままくのいち長屋にも作法委員会室にも戻れないんじゃないかと泣いたものだ。
 そういう時かならずと言っていいほど助けてくれたのは立花先輩とおんなじ服を着た先輩で、手をぎゅっと握って委員会室まで連れて行ってくれた。べそべそ泣いてひっくひっくとしゃくりあげる私に、無言でお菓子を差し出しては涙をそっと拭ってくれたのだ。

「お前の名前は?」
「……っく、みょうじ、ひっく、なまえです……ずずっ」
「そうか。いい名前だな」

 鼻水にも厭わず懐からちり紙を出すと「ちーんしてごらん」と優しく鼻をかんでくれたあの先輩。委員会室までそっと手を引いてくださり、まくしたてる私の話を相槌を打ちながら聞いてくれたあの優しい先輩。話を逸らされたりいつのまにか私の話になっていたりで、名前を伺う機会をことごとく逃し続けてきた。くのたまや忍たまの同級生に聞いてみると、無言ってことは中在家先輩かな?お優しいから善法寺先輩ではないか?子どもにもお優しいんだから食満先輩では?などと返って来たのだ。それぞれの先輩のもとへ、同級生に連れられお会いしたが、泣きべそをかいた私の手を引いてくれた、あの先輩ではなかった。

 二年生になると忍たま敷地で迷うこともなくなったので、自然とあの先輩に会うこともなくなった。こんなふうに迷ってしまう自分がいやだ、実技でうまく手裏剣が打てない、忍たまに毒入りのお菓子を食べさせるのが苦手、などなど愚痴をこぼした私へ「細かいことは、気にするな。いけいけどんどんで頑張ればいい」と励ましてくださったあのお優しい先輩、せめて名前だけでも分かればお礼に行けるのに。


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