小説 | ナノ


  もふふふふふ


 少しばかり流れた涙を袖で拭い、しょんぼりしながらも薬草の仕分を続けようと手を動かします。私は何か、小平太さんの気に障ることをしてしまったのでしょうか……。考えても分かりません。分け終わった薬草のほか、細々としたお花たちは半紙に挟んで袂へと入れます。このお花たちは薬効を期待する薬草とは違い、リラックス効果のある薬草茶に使用するものなので、個人として試験的に自分で飲んでいるものです。成功したものはたまに保健委員会で出したり、くのたま内で飲んでもらったりと結構評判は良いので、より美味しいものになるよう色々と試しています。
 立ちあがって衝立から出ると伊作君が気まずそうな顔で包帯を巻き直しているところでした。包帯を巻くからくりがかたかたと音を立てています。伊作君は暫時口ごもったかと思うと、上目づかいで私の機嫌を窺うように、さっきの聞いてた?とおっしゃいました。
 ちょっとだけ、聞いていましたが、私は嘘をつきました。

「襖の開く音にびっくりしてね、ずっと耳をふさいでいたの。本当にびっくりしたわ!」
「あ、ああ、そうだね。僕もびっくりしちゃって、包帯ぶちまけちゃったんだ。今巻き直してるところ」
「お手伝いするよ」
「ううん!いいんだ!今日一年生来る日だし、あの子たちの練習になるしね。なまえちゃん、今日はおばちゃんのお手伝いあるんでしょ?行っておいでよ!」
「え、でもまだお時間あるし……」
「明日!明日一緒にやろうよ!」
「……そこまで言うなら……」
「美味しい晩御飯期待してるね」
「任せて!私、結構お料理上手なんだから」
「いってらっしゃい」

 頑なな伊作君に疑問を覚えつつも促されて食堂へと向かいます。今日は週末なので、忍たま教室とくのたま教室の子が一緒におばちゃんのお手伝いをする日なのですが、忍たまと一緒なんて!と嫌がった子の代わりに私なのです。薬草の調合と、お料理は似ております。分量をきっちり量って、決まった火力で決まった時間火を通すところなど、似ていると思うのです。

 おばちゃんのお手伝いのお時間からはまだ幾分か空いております。週末と言うことで課題が出ておりますので、課題に使えそうな本を見繕おうと一旦自室へと戻りました。文机の上に置いたくのたまの友を手に部屋を出ると、お庭にはもふもふした、あの狼さんがちょこんと座って居りました。
 私は嬉しくなってお庭へと駆け降ります。くのたまの友を縁側に置き、狼さんの前まで走り寄ると狼さんは立ちあがって尻尾を左右にぶんぶんと振りました。揺れた尻尾にぶつかって茂みがガサガサと音を立てます。誰かに見付かってはまずいかもしれない……!と思いましたので狼さんを茂みの奥へと連れ込みました。茂みを抜けるとちょっとしたスペースになっているので、そこに狼さんを座らせ、向かい合うように私も座ります。

「狼さん狼さん」
「わふ!」
「えへへもふもふだねえ」
「きゅうん」

 座ったことで目線が近くなったので、もふもふの首元に手を当ててわしゃわしゃかき回すと、狼さんの目がきゅっと細くなりました。気持ちいいのかしら。そう思った私は顎の毛を整えるようにすりすりしてみたり、お耳を撫でつけるようにぺたんとくっつけさせてみたり。まん丸のおめめが細まったかと思うとそのまま閉じてしまい、狼さんは地面にごろんと転がりました。もふっとしたお腹が丸見えです。首筋からお腹の下の方までつつーっと手を滑らせてみると、狼さんは気持ちよさそうな声をあげます。調子に乗った私がすっ、すっと何度も手を滑らせますと、狼さんはそれを受け入れておりましたが何回か目でハッと目を開き、私の手から逃れるように転がるとしゃっきりと立ちあがってしまいました。相変わらず尻尾はぶんぶんとちぎれそうなほど揺れております。

「もっともふもふしたかったのに、残念」
「くぅん……」
「また触らせてね」
「わん!」

 お話が出来ているのでは、と思わせるほどの受け答えにおかしくなって思わず笑ってしまいます。そうだ、伊作君に教えてあげなきゃあいけないわ。そう考えると同時に、医務室を訪れた小平太さんを思い出しました。何か怒ってらしたような口ぶり、そして激昂した様子の小平太さんを思い出すことで狼さんに会えた高揚はしゅるしゅるとしぼんでゆきました。
 いきなりしょんぼりした私を心配してか、狼さんがうろうろと私の周りを落ち着きなく歩き回ります。

「……何で怒ってらしたのかしら……」
「……くぅん?」

 まんまるおめめをそのままに、狼さんが私の横で首をかしげました。人間らしいその動きに笑みがこぼれます。狼さんは慰めるように頬擦りをしてくれるのですが、なにぶん毛が多くもふっとしているので頬擦りの度に視界が毛でおおわれました。
 くすぐったいこともあり、狼さんの動きを止めるように首元へ抱きつくと狼さんの耳が目の前にありました。立派な毛並みが見てとれます。ふう、とため息をつくと狼さんのもふもふな毛並みがゆらゆらと揺れました。
 温かい。気持ちいい。もふもふ。日差しがちょうどよい具合に木にさえぎられて降り注いでいることもあり、私は徐々に眠気に襲われていました。まふまふの毛にうずまりながら、瞼がどんどん下がっていることが自分でも分かりました。
 狭くなる視界と相まって、思考もどんどんとろけていきます。

「…………小平太さん……」
「!」

 なんで、怒ってたんでしょうか。

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