小説 | ナノ


  にん


 消えてしまった狼さんと竹谷君を不思議に思いながらも、私は立ちあがり土を払ってゆきます。ここのところ雨も降っていなかったので、泥に塗れることもなく綺麗にはらい終わりました。飼育小屋の鍵がかかっていることを確認してから籠を抱え、医務室へと向かいます。伊作君に狼さんのお話をしようとうきうきしながら歩いていると、落とし穴に落ちてしまいました。それはもうスポーンとはまりました。そして籠もスポーンと放り投げてしまいましたので絶対薬草ぶちまけてるだろうなあと思い落とし穴の中でしょんぼりするしかありません。
 えっちらおっちら、やっとのことで這いあがると、思いのほか籠は落とし穴のすぐそばにございました。中身の薬草も周りに散乱することなく籠の中に収まっているのでさらに不思議なことが増えました。これも伊作君にお話ししようと意気込み、籠をきちんと抱え直して少し走ったところで、片足だけしか入らないような小さな穴にはまりました。



「それでね、ぽんっていって煙が周りにぶわって広がってね、それが晴れた時には狼さんと竹谷君が居なかったの」
「それは……なんとも……」
「やっぱり夢かな?」
「いや!夢じゃない!夢じゃないよ!」
「伊作君狼さんのこと知ってたら何か教えてよ〜。もう一回もふもふしたいんだあ」
「……あー……そうだね、多分小平太が知ってると思うよ……」
「ひえっ!」
「ひえっ?」
「な、なんでもにゃい」
「……そう?」

 伊作君がいきなり小平太さんのお名前を出されるのでびっくりして舌を噛んでしまいました。口の中でもごもごと舌を動かしてみると案の定とても痛いです。大丈夫かい?と伊作君が声をかけてくれたので頷いて返しますと、苦笑いを返されました。

 薬草の仕分までが今日の私の仕事なので、医務室の衝立の奥でせっせと分けていると襖の開く音が私に来訪者を知らせます。パアン!と外れてしまうのではないかというほど大きな音でしたので思いがけず肩が跳ね、持っていた薬草箱をひっくり返してしまいます。落ちて広がった薬草が、仕分けていなかった薬草と形状がだいぶ違うことが救いではありますが、仕分ける薬草はもう一種類増えてしまいました。「うわあ!包帯が!」と言ったので、伊作君も驚いて巻き終わった包帯を落としてしまったのだろうと思いました。
 うふふ、と伊作君と自分の驚きようを笑いつつ、数枚の半紙にそれぞれ薬草を分けて、粗方分け終わったものから小さな筒へざざっと入れてゆきます。今日取って来た薬草は乾燥させることで薬効を発揮するものばかりであります。またすぐに取り出すと分かっているのでおおざっぱに入れても大丈夫だと、家と委員会で学びました。
 そうして聞こえてきた声はあの人のものでありました。

「いさっくん!!!!」
「あ、小平太。いまなまえちゃんが……」
「そう!なまえだ!あいつなんなんだもう!!」

 小平太さんの口から自分の名前が出てくるとは思っていなかったので、大層驚きました。小平太さんの厳しい口調からしてあまり良いことを言われないのでは、と考えました私は、聞かないようにぎゅっと耳を押さえて小さく小さく縮こまりました。

「……!」
「…………」
「……!!」
「……」
「……!!あー!ほんとに!ほんとにもう!!」
「そうは言ってもねえ」
「帰る!じゃあな!!」
「はいはい」

 特に声を出されたのであろう小平太さんの大きな声に肩が飛びはね、耳から手が外れたため伊作君の声も聞き取れました。
 地団太を踏んだ後足音をたてながら退室した小平太さんと、苦笑気味の口調である伊作君。お二人の様子から、良いことは言われなかったのだろうと、私は結論付けました。
 恋情を向けていた方から冷たいお言葉が私に向けられていたのだと思うと、胸が裂かれるような痛みを感じるのだと初めて知りました。


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