におう
まずここはどこであるかということと、先程の夢のようなのどかな空間からどのように脱したのかということ。そしておめめをまんまるにさせて私をじっと見下ろす目の前の男の子は和服を着ていること、しかも彼はそれに着られている感じはなく着慣れていることなどなどが現在の懸案事項である。日本の伝統的な職人さんが着ているような作務衣とは異なり足元の裾は足袋の中に押し込んでいる。まるで忍者のような出で立ち。火遁・豪火球の術!とか出来ちゃうのではないだろうか。
黙ったまま、落ち着きなく目だけきょろきょろと辺りを窺わせていると、男の子に話しかけられた。「お姉さん天女?」と。
天女って……この子大丈夫かしら……と思ってしまう私の心中を察することなく男の子は納得したように言葉をつづけた。
「うん、そうだ。絶対そうだ!」
「え……」
「だって私たちとは匂いが違うし……でもあいつらみたいに甘すぎなくてちょっと甘い、みたいないい匂いするから良い人だ!」
「に、匂い……」
匂いで人を判断することはもちろん私にもある。石鹸の匂いがしたらこの人清潔感あるなあとか、酸っぱい臭いがしたらお風呂入ってないのかなあとか。でもその人の本性や性格、善悪まではさすがに分かろうもんでもなかろうに、この人にとっては嗅覚は重要なファクターであるらしい。
喋り終わったあとも、少し離れたところから男の子はじっとこちらを見ていて、キラキラと輝く瞳はまんまるでとても綺麗である。近所にこんな目をしたわんちゃんがいたなあと思い出させるとても可愛らしいおめめでいらっしゃる……。
「なあお姉さん」
「な、なに?」
「行くところ決まってる?」
”行くところが決まっているか”など不思議な聞き方をしてくるものだ、と思うが周りを見渡しても覚えの無い景色であり、先程のどかな空間で出会ったもちもちした少年の言うことも不思議なことを言っていたような。この先の世界だとか、文化がどうとか。
しかし真っ先に聞いておきたい事は現在地に関することだ。
「……ここは……どこでしょうか」
暫時きょとんとしたが、底抜けに明るいと感じさせる笑顔で男の子は色々と説明してくれた。じりじりと彼が近づいて来ている気がするが気のせいではないだろう。彼が喋り出すにあたってぐっと顔が近づいた。
さて、彼の話であるが、戦国時代の昨今であり自分は忍者養成学校である忍術学園に所属している、ここはキノコ山、自分は実習の帰りにたまたま通ったが私を見つけた、見つけた時はキラキラしていた、……らしい。彼は思いつくままに喋ったのだと思う。連想ゲームみたいに話題が二転三転していく様は、まとわりついて話したがる従姉弟の幼稚園児のようであった。
「私の説明で分かった?同級生にはよく、お前の話し方は分かりづらい、って言われちゃうんだけど!」
「うん……大丈夫」
「なら良かった!!」
彼の話を聞いていて分かったこと、つまりは今、現在置かれているこの状況は迷子ということである。時代背景に観光地でしか見れない忍者とやら、キノコ山なんて近所はおろか地名として馴染みがない。異世界への迷子とかorzの格好をとりたいくらい冗談じゃない。生活基盤の全くないこの世界でどうやって生きていけばいいのだ。
「お姉さんお姉さん」
「……なに……?」
しょんぼりした声で返事をすると、彼は私の脇に手をぐわっと突っ込み、あげく掴んだ。悲鳴を上げる間もなく立たされた私は、彼に抱きかかえられた。この……体勢は……!
「ん、やっぱり軽い。首に腕まわして……そうそう!しっかり掴まっててくれな!」
ダッと走り出す彼だがこの体勢はどう考えてもお姫様だっこです本当にどうもあr……
「私、七松小平太!お姉さんの名前は?」
――ぴろーん
――追加しました
機械音と機械音声。何事かと俯いていた顔を上げると、抱き上げてくださった彼の頭上になにやら深緑をした半透明な吹き出しが浮いていた。
……なにこれ?
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