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  もふふふふ


 ぐいぐいと割り込んでこようとする狼さんのお鼻を阻止すべく太ももに力を入れますと、狼さんはいきなりスッと後ろへ下がり、竹谷君の隣にちょこんと座りました。先程までの勢いは何だったのかと疑いたくなるほどの転身です。
 ほっとしたような顔の竹谷君と、べろりんと舌を出して座っている狼さんの背は同じくらいで、少し微笑ましく思えました。

「やっぱり学園の子だったのねえ」
「あ、」
「狼さん、竹谷君と仲良し?」
「わふん!」

 お返事とともに狼さんは竹谷君へと突っ込んでしまいました。突然の衝撃に耐えきれなかったのでしょう、竹谷君は狼さんに押し倒される形になっています。ですが飼い主とそのわんちゃん、というよりかはなんとなく、縦社会を見ているような気持ちを覚えます。
 竹谷君のお顔を舐めることなく乗りあげてじっと竹谷君を見つめたかと思うと、狼さんはそのままお腹に座ってしまいました。
 竹谷君がぐえ、と苦しそうな声を漏らしたので慌てて駆け寄ると狼さんがこちらを向きました。私を見るなり尻尾をぶんぶんと振り始めます。勢いよく左右へ振られる尻尾はわさわさと竹谷君の顔を覆ってしまうので、竹谷君は「わぷ、む、うう……」とこぼしながら目をぎゅっとつむるしかないようです。

「狼さんこっちおいで。竹谷君が苦しそうよ」
「わん!」
「ふげげっ」
「ふきゃあっ」

 狼さんは竹谷君のお腹を思いっきり蹴るとこちらへ飛び込んできました。今度は私が倒れる番です。したたかに背中を打ちましたが、頭は手で覆いましたのでぶつけることだけは何とか防ぐことが出来ました。
 先程の竹谷君のようにのしかかられるのではと危惧いたしましたが、一向に腹や胸に重さが感じられません。おや、と思い顔をあげようとすると、生温かいものが頬を這いました。状況と、ハッハッという息づかいから推測するに狼さんの舌でありましょう。なにせ顔じゅうをべろんべろんと舌が行き交うものですから、目も開けていられないのです。

「ん、ん……んぷっ」
「わあああなまえ先輩ー!ちょ、駄目ですって!駄目ですって!!」

 竹谷君が制止しようとしてくれていますが、狼さんは止まりません。ざり、と脚を動かして居住まいを整えた後は顔を舐めるのをやめたようで、私はようやく安心して目を開けることが出来ました。狼さんが顔の次に狙いに定めたのは装束の合わせでございまして、ふんふん嗅いでは鼻先を押しつけておりました。
 私の内腿に、狼さんの尻尾がもふんもふんと当たっているのが装束越しに分かります。狼さんが嬉しそうなのは何よりですが、いつまでもこうしては居られません。そもそも私はこちらへは狼さんを送りに来ただけですので、本来はもう医務室で薬草の仕分けをしていなければならないわけで……。
 好きに動きまわる狼さんのお顔を、がっしりと掴んでこちらを見るように持ちあげました。相変わらずおめめはまん丸で、少し驚いているのか、動物さんですがきょとんとした表情であるという印象を受けます。

 こちらが驚かされてばかりでしたので、少しばかり「驚かせてやったぞ」という優越に近い気持ちが芽生えました。私は嬉しくなって狼さんの耳の間へと口を寄せ接吻を致しまして、これによって驚く顔が見れるかしら、と思ったのですが、ぽん!という何かがはじけたような音と、煙幕のような薄い煙に覆われてしまいました。
 音と煙に驚いて狼さんから手を離したのはもちろんですが、煙たさに咳き込んでいるうち、狼さんはどこかへと行ってしまっていました。煙が晴れた後には私しか残されていなかったのです。

 狼さんだけでなく竹谷君も居なかったので、まさか夢だったのでしょうかと思わずにはいられませんでした。
 

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