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  もふ


 私には気になる殿方が居ります。その方は日々友人と鍛錬に励み、後輩とともに山を見回っては不審者を叩きのめし、細かいことは気にしない!というおおらかな方でございます。名前は七松小平太さん。入学当時は今のようにいけどん!な雰囲気ではなくて、おとなしく口数の少ない方でございました。同学年の友人に怪我をさせてしまった、と焦ったように医務室へと来られたこともしばしばで、そのぎこちない友人関係の中で中在家長次さんとは大層仲良しになられました。その後は吹っ切れたように小平太さんは友人たちと遊んでいらしたのです。私はそれをほっとした気持ちで見守っておりました。思い出せば昨日のことのようではありますが、入学から二年が経ち、今では上級生の仲間入りも目前の三年生へと無事進学を致しました。

 さて話は変わりますが、くのいち教室では委員会の所属について特に決められておりません。委員会へ所属することで協調性を高められるという点で就職に有利なため、城へ勤めたいと考えるくのいちは委員会へ所属する者が多く見られます。
 私はと言えば、家業の足しになるだろうということで一年時から保健委員会への所属をさせていただいております。薬草の調達と調合、薬草園の手入れに包帯を拵えるなどの裏方仕事が、主に私の委員会での役割です。

 薬草調達に裏裏裏山まで足を運びましたが、今日に限って狼の遠吠えが聞こえてくるので少し恐ろしいです。この鳴き声がお腹を空かせた痩せぎすの狼だったら。凶暴な狼だったら。ヒトを食べることを覚えてしまっている狼だったら。考えるだに恐ろしゅう存じます。
 目当ての薬草は既に摘み終わっていて、ついでにあれもこれも……と採取しているうちにいつのまにやら裏裏山まで戻ってきておりました。まだ日は高く明るいので、この調子で籠いっぱいになるまで薬草を摘んで帰ろう!と意気込んだ時でした。四足歩行の獣が走ってくるような音が前方から聞こえたのです。
 息をひそめ、身をかがめて座り、音の正体を待ち構える私の目の前には木立がありました。その木立が風に揺らぐだけではなく人為的にガサガサと揺れます。そうして出てきたのは座った私と目線の高さが一緒の狼さんでした。

「ひっ……」

 情けの無い、か細い声が私の口から零れます。まんまるの目を逸らすことなく、狼さんは私をじっと見つめております。これはもう仏に祈って、来世は長生きさせてくださいと、この生を諦めるしかないと思い、体を小さく丸めました。
 狼さんは興奮した様子で私の頭をふんすふんすと嗅ぎまわり、さらに頭を抱え持ったため露になった私のうなじに鼻先を宛がいます。またもすんすんと匂いを確認され、生暖かい狼さんの息が首へ当たるたびに私は体を震わせるしかありませんでした。
 耳の裏に狼さんの鼻先があてられました。そのせいか獣特有というか、イヌ科特有というか、舌を出してハッハッと息をしているのがよく分かります。ぺちゃりと音がしたかと思うと舐められたのでしょううなじに湿り気が、そよぐ春の風により冷やっこく感じられます。
 食べる前に毒がないかどうか調べてるんだわ絶対そう。怖い。食べるならさっと食べてしまってくれればいいのに。
 しゃくりあげながらめそめそと涙を両手で拭っていると、手の隙間からズボッと狼さんの鼻が突っ込まれました。いよいよお食事開始ですねと死を覚悟いたしましたが、狼さんはくぅーんと鼻にかかるような声をあげ、私の頬を舐めるばかり。
 これはもしや。

「……狼さん……」
「わふん」

 しっぽがちぎれんばかりに左右へ振られていました。
 私は食べられなくて済みそうなのかもしれません。


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