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  であう


 目を開けてみるとそこは草原であった。あたりを見回してみると遠くにぽつんと背の高い木が生えており、何か赤い実が生っているのが遠目に分かる。ささやかに吹く風は、さわさわと膝丈の雑草を揺らし、私の髪の毛をふわりと不規則にさらってゆく。
 ここはどこなの。
 学校へと向かう途中であったため制服を着ているが、常ならば持っているはずの通学かばんはそばにはない。そしてその代わりに持っているのは携帯ゲーム機である。隣の席の男子がよく昼休みにいじっていたPSP。型番を見てみると2000と少し古い。Vitaでもなく3000でもなく2000なのか。その機体は光をはじき、メタリックなブルーが淡く輝いていた。

「気にいった?」

 背後から突如掛けられた言葉は明るく、幼さが感じられた。ばっと立ちあがり後ろを振り向くとそこにはひらひらした布に身を包んだぷにぷにの少年が、にこにこと笑って数歩離れた場所に立っている。なんとも言えず唖然としていると、少年は数歩の距離をつめて私に抱きついた。抱きついたままで少年は話す。

「僕はね、君のことを知っていたよ。ずっと見守って来た。そしてその過程で君のことを気にいった。だから生を救いあげるし、道具を与える。意味は理解出来ているかな?さて、その格好ではこの先の世界で支障が生じちゃうんだよね。PSP貸してくれる?」

 そう言い切ると一歩下がった少年は私の手からPSPを抜き取った。それを手に持つと、まるで紙を丸めるようにPSPを両手で包みこむ。少年の手に余る大きさであったはずのPSPがみるみる小さくなっていき、最終的に握りこんでしまった。なんだこれ魔法?手品?と黙ったまま考えていると少年の手が開いた。その手には澄んだ青色のトンボ玉が乗っているだけである。PSPをガラスのトンボ玉にしてしまった。……手品かしら。
 トンボ玉を私の手に握らせると、少年は指パッチンで音を鳴らす。するとその度に和装を着るのに必要なものがポンポンと出てきた。……魔法確定だ。

「はい、お着物一式と帯留めね!帯留めは願えばPSPになるから!」

 このガラス玉がPSPに?ちょっと意味が分からないです。
 和装をいただいたところで着付けの方法も分からないし、このよくわからないガラス玉をどう扱えばよいのかも分からない。渡された着物一式と、PSPに変身しちゃうらしいトンボ玉の帯留めを両手に抱えたまま困っていると、ぷにっむちっとした手がくいくいと私のスカートを引いた。意識を着物から少年に移すと、少年は嬉しそうににこっと笑う。

「そういえばなまえの時代は、もう着物の文化が薄れているんだったね。私が手ずから着せてあげたいところだけどこの姿だと手が届かないし。今回は着せてあげるけど、のちのち自分でも着れるように記憶をあげる。なまえを他の子みたいな不思議ちゃんにしちゃうのも忍びないから」

 他の子とはどういうことか。考えをまとめて口を開こうとする間に、またも少年は指パッチンを披露した。私の手にあった着物と帯留めは、慣れ親しんだ高校の制服へと形を変える。制服を着ていたはずの私は、代わりに少年がどこぞから出した着物を着ていて、ご丁寧にも髪の毛まで上の方で一つに束ねられていた。同時に記憶として着付けの方法が脳へと刻み込まれる。感覚としては無声映画を頭に入れられたような……。
 手に入れた情報を処理しようとしているのか頭が痛んだ。目を閉じてやり過ごそうとする私へ、少年から言葉がかけられる。

 「頑張ってね」

 少年の声音はとても慈愛に満ちていた。
 足元がおぼつかなくなり、視界がぐらりと傾く。ジェットコースターから降りる時のような感覚に思わず目を閉じた。



 次に目を開けた時に目に映ったのは草原などではなく、うっそうと生い茂り、人の手が入っていなさそうな森林と、その大自然に紛れそうな服に身を包んだ男の子であった。



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