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劉輝は黙って、彼女が泣き止むのを待った。
どれくらいの刻が過ぎたのか、彼女は両手で顔を覆いながらも顔を上げた。
そして深呼吸を数回し目元を指で拭うと腕を下ろし、 赤い目のまま劉輝と向き合った。
「劉輝様、大変申し訳ありませんでした」
再びの謝罪。
兄を取った事への謝罪…?
「何を謝られてるのですか、義姉上…」
動揺を隠しながら劉輝が尋ねる。
「…昨夜、清苑様と会う約束をされていたのでしょう?私は…それに気付きながら、お二人の関係を知っていながら、清苑様を求めました」
気付いていた?
兄上と…私の関係…。
「清苑様が、私と婚儀を済ませてからずっと、劉輝様を見ている事は感じていました。あの方が私を褒めるのは、あなたと似た色のこの長い髪の事ばかり…」
私はそれが寂しかった。
私の事を見て欲しくて、昨夜はついにあんな行動を…。
「清苑様はずっとあなたの名前を呼び、最後まで私の名前は呼んでくださらなかった」
妃が淡々と話す間、劉輝は何も言えなかった。
兄上が妃を抱いたのは、知っている。
しかし、妃が自分達の関係を知っている?
誰にも気付かれないように重ねてきた逢瀬をなぜ。
「私と清苑様は…離縁する事に致しました。私も母から父の体調の事で文が届き…心配なので帰らせていただきます。その事を今朝、清苑様にお話しましたら、劉輝様との事を…お聞きしました」
国王の離縁など異例の事。
劉輝はその意味を考えた。
自分達の事は兄から聞いたのか、と納得した反面、劉輝は自分が嫌になった。
もともとは自分が公子時代に兄にあんな事を頼まなければ。
自分が兄と繰り返し、体を重ねたりしていなければ。
兄は今頃、この人と幸せな家庭を築いていたはずなのだ。
「義姉上…ごめん、なさい。私が…」
私が兄を愛さなければ、こんな事にはならなかったのに。
嘘でも、そんな事を言葉には出来ず、今度は劉輝が涙を溢し始めた。
その様子に妃は傍に来ると、自分の胸に抱き締めた。
「いいえ、清苑様と劉輝様の間を妨害したのは私です」
劉輝の背中を擦りながら、そう呟く。
「私は明日には出立いたします。ですから、劉輝様にも謝りたかったのです…」
劉輝が顔を上げると、まだうっすらと赤い目でニコリとされる。
失礼いたしました、妃が室から出て行くと劉輝は妃との会話を思い返した。
兄上が離縁する…?
それを望んでいたわけではないが、あの人は家庭を持ち世継ぎを残さねばならない人だ。
それなのに…。
兄に初めて抱かれてから数日後、自分も初めて女官を相手に床を共にした。
兄に倣った通りに事は進み、本当は最後まで成したのだ。
しかし、女の柔らかい体は気持ち悪く、蜜を溢し劉輝の自身に吸い付くようなそこは別の生物のようで恐怖すら感じた。
自分が兄から与えられた快感とはあまりに違い、劉輝は兄にウソを吐いたのだ。
以来、兄が自分を求めてくれる事が嬉しくて幸せで、そのウソを吐き続けている。
自分がそんな事をしなければ、兄は−−−
劉輝は、ある決意をした。
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