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「清苑様、どこにお出でですか?」


雨の匂いが漂う曇天の夜だった。








「あなたこそ、こんな時間に上着も羽織らずにどうされたのですか?」


清苑は焦った様子も見せずに、いつもの穏やかな口調で尋ねる。


「清苑様に…お頼みしたい事がありまして」


追い詰められたような表情の妃の様子に、清苑は迷ったが自室に招き入れる事にした。








「…今日は、仕事は残らずに終えられたのですね」


先ほど消したばかりの燭台に火を灯すと、妃は室に入るなり、卓子の上に書類が1つもない事に気が付き、そう呟いた。


「そうですね、今日は人に会う予定もあるので、仕事はなるべく終わらせてきたのです」


劉輝との逢瀬。
約束の時刻より幾分か遅れている。
今も室で私が来るのを待っているだろう。



「…劉輝様…ですか?」


妃から発せられた名前に、清苑はようやく驚きの表情を見せた。


清苑の様子に妃は顔を俯かせ、ポツポツと静かに話し出した。

「偶然だったのです…偶然、満月がきれいだった夜に、回廊に出て空を眺めていたら、あなたの姿が見えたのです。あなたはいつも忙しくて口数の少ない方だから、少し驚かせてみたくて…後を付けたのです」


−−−あなたは私に気付く事はなく、心なしか足取りが軽くどこかに向かわれていた。
時折、遠目に見えた横顔には笑顔も浮かんでいたように見えました。


ある扉の前で立ち止まると静かに叩き、しばらくして中から扉が開かれた。
その時に見えたのが、はにかむように笑う劉輝様だった。


政事の話でもするのだろう。
あなたとの偶然など未練を持たずに自室に帰れば良かった。
それでも、満月がとてもきれいで、いつまでも眺めていたかった。

時を忘れて空を眺めていると、あなたが訪ねた室内から微かに漏れ聞こえてきたのは、お互いの名前を呼び合う甘い声。
私には向けられた事のない、熱のこもったあなたの声。
私の知らないあなた達の関係に気付いてしまった……。

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