レッツ・クッキング

「わあっ、丸井くん包丁で皮剥けるの〜?」

「まあなー」

「えー?あ、ホントだぁ!」

「スゴーい!器用だね」



隣の調理台から聞こえる会話に思わずピーラーを動かす手が止まる。


「丸井くん手際よすぎるよ〜」

「やっぱり好きな子には料理出来てほしいの?」


「おー、そうだなぁ…」


会話の中心にいるブン太の答えが気になる。
正直、さほど食に関心のない俺は料理なんてものは全くしない。
それをアイツも承知してるから、もちろん作った事もなければ強請られた事もない。


「旨いかマズいは別として、作って欲しいってのはあるぜ」


「えー、そんな事言われても彼女だったら丸井くん相手に手料理食べさせられないよね…」


「ねー!」


……確かに、作ってあげてみようと思った事もない。

自然を装いチラリと視線を向けると、なぜかブン太と目が合った。
こっちを見てたのかと思うと腹が立つ、が、女子に囲まれているアイツは意味ありげに口角を上げる。


「(…俺が作る料理、食いたいんかの)」


「ちょっと仁王くん!ジャガイモ全然剥けてないじゃん!」


「ぴよっ」


「はは!仁王て意外と不器用だよなー」


「本当、丸井くんと同じ班が良かったなぁ」


…俺もそう思う。
いや、同じなら同じで俺の不器用さが際立ち、更にブン太のあの表情を見るのかと思うとやるせない気がする。


俺の手からジャガイモとピーラーを取ると班長である女子が手際よく(と言っても俺よりは)皮を剥く。

その間、再びブン太の班を見ると早くも鍋で具材を炒め始めていた。







「なあ、仁王って料理下手なの?」


部活も終わり一緒に下校していると、昼間の実習を思い出したらしいブン太がそう言った。


「さあの…下手と言うより興味がないから作らん」


「ふーん…じゃあまあ出来ないってわけでもないんだ」


「…たぶん」


「頼りねぇな。今度仁王の作った料理食いたい」


やはり来たか。


「…旨くはないと思うぜよ」


「いいって別に。お前がオレの為に何かしてくれるってのが見たいんだよ」


「……」


お前ヤル時も何もしてくんねえしな、隣から聞こえた言葉には思わずブン太の頭をはたいていた。








それから1週間。
俺はやはり料理に向かないらしい。
姉貴やオカンに不審がられながらもキッチンに立ってみたが、まず包丁が使えなかった。

野菜を切るにも、左利きの為かとても危なっかしく見えると取り上げられた。
そして、切ってもらった具材を炒めるにも油がはねるわ、フライパンから溢すわ、挙げ句焦がすわで結局キッチンから追い出される始末。



「(…やっぱ俺には無理じゃな)」


これほど料理が出来ないとは。
味付けや盛り付けの旨い下手以前の出来損ない振りに情けなくなる。



「…兄ちゃん、何しとるん?」


階段に座り込んで頭を抱えていると弟が声をかけてきた。


「…、料理を少々…」

「…追い出されたんやな」

「おん…」


こいつは自分の食べたい物はチャチャッと作る。


「兄ちゃんさ、揚げ物だけはしないでな」

「……」


そして励ましではなく釘をさす辺り、やはり姉弟だと思う。


「あ、でも…」


しかしこの後の弟の一言で何かが開けた気がした。









「ブン太、今日うち寄らん?」

「んー。まあ特に予定ないし寄る寄る」

「そか」

「何?何か顔赤くね?…あ、もしかして」

「違うからな?」

「何も言ってねぇし」

「お前さん顔に出とるぜよ」

「えっマジかよー」


顔を抑えながら笑っているが、今日家に誘うのはブン太の思う意図では断じてない。
…先に忠告しても聞くやつではない事もわかってはいるが。



「…昼飯、作ったる」

「え?」

「そんな意外そうな顔せんといてよ」

「マジで?」

「おん」


ブン太の表情が驚きから笑顔に変わる。
正直な話、腕や出来に自信はないがそれでもこいつなら喜んでくれるんだと思う。



「おじゃましまーす」

「ん。誰もおらんから気にせんで良かよ」

「うわ、て事はマジで仁王が作るんだ……食えんの?」

「…プリッ」


不安がないわけではない。
しかし誰かに手伝ってもらっては俺の料理にはならない。



「出来るまでブン太は俺の部屋で待っててくんしゃい」

「何でだよー、見てたっていいだろぃ」

「いや集中力が必要やけん」

「…オレが見てると邪魔だと?」

「……」

「お前の料理危なっかしそうなんだよな。…心配だから、ここにいちゃダメか?」

「……わかった。ただし、出来るまでブン太はこっち向かんで」

「おう」




そうしてブン太をリビングに待たせると俺はキッチンに戻る。

「なあ、何作ってくれんの?」

「出来てからのお楽しみなり」

「ふーん」



しばらくするとテレビの音が聞こえてきた。
さすがに待たせ過ぎか?とも思うが鍋が沸騰するまでもう少し。




「なんつうかさ、こうやって仁王が料理作ってくれんの待ってると新婚ぽくね?」

「あっつ…!」

「え、おい」

「…平気なり。ブン太がアホ言うからお湯がはねたぜよ」

「アホとか酷くね?」

「うっさいのぅ」







数分後、何やかんや言いつつも出来た物をテーブルに運ぶ。


「これ…」

「おん、」

そしてブン太の感嘆の声に思わず照れる。


「って素麺かよ!」

「ぴよ?」

「茹でるだけだろぃ」

「それがな、意外とタイミングがムズいんよ、ブンちゃん」

「はあ?」


しかし、俺としては精一杯作ったつもりなのだがブン太は何だか不満だったらしい。


「…まあ、いただきます」

「おん」

「……うん、…素麺だよ」

「…おん」


「けどちょっと茹で過ぎ。麺溶けてるし」

「すまん…昨日はちゃんと出来たんじゃ…」

一口食べた後の感想がダメ出しとは。
やはり俺に料理は向かない。

そう落ち込んでいるとデコピンをされた。

「痛いぜよ」

「落ち込むなって。俺の為に練習までしてわざわざ作ってくれたんだって思うとすげえ嬉しい」

「おん」

「それにお前が出来なくもオレが旨いもん作ってやるしさ」

「ブン太…」

「つうわけで、食ったら食後のデザート楽しみにしてるぜぃ♪」

「…いやいやいや」

「飯食って、デザート食べながらカロリー消費なんて天才的だろぃ?」


ニカッと笑うこいつには適わない。
お世辞にも旨いとは言い難い昼飯のお詫びに、デザートも用意するしかなさそうだと覚悟した。








おわり

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