3月5日〜2012年幸村誕生日〜

*恋しい人の誕生日話みたいな感じ。










「精市くん、今日誕生日なんだね。おめでとう」


午前中、検温に来た看護師がそう笑った。


「ああ、ありがとうございます。そうなんです、だから放課後部活仲間がお祝いしてくれるみたいで」


体温計を渡しながら答える自分。


「テニス部だっけ?いいじゃない。だけど騒ぎすぎないようにね」


「ははっ、気を付けます」


笑顔を張り付けたまま彼女を見送った。。








何がテニスだ。
何が部活仲間だ。
何が誕生祝いだ。



馬鹿馬鹿しい。



俺はもう直に身体の自由が利かなくなると言うのに。

テニスは愚か、日常生活もままならなくなると言うのに。



(…真田を部長に任命して潔く退部するべきだったな…)


誕生日にこんなに鬱々した気分になる事がとても虚しかった。



病室にいる間、出来る事も限られていれば、する事も特にない。
ベッドに横になると自然に目蓋が下りた。
…次に目覚めた時には治っていればいいのに。







「…むら、幸村ー?」


「…ん…」


「おー、やっと起きたか。お前にしてはよう寝てたな」


「仁王…?」


俺を呼ぶ声に目を覚ますと仁王がいた。


「みんなで一気に押し掛けても迷惑だろうって参謀が言っててな。俺だけ先に様子見に来たなり」


「そっか…」


目が覚めてもここは病室で。
寝た頃と違うのは、時刻が昼から午後になってる事、仁王が目の前にいる事。


「調子良さそうならみんなに連絡するが」


「大丈夫だよ」





「幸村くん誕生日おめでとうー!」

「おめでとうございます!」


ロビーで待機していたらしい面々は、仁王が呼んでから間もなくやってきた。
賑やかな丸井の声と同じく明るく笑う1年生。


「幸村先輩、早く試合しましょうね!」


「バカ、幸村くんはまだ療養中だって言われただろ」


「…リョウヨウってなんすか?」


「…はあ」


「こら、あまり騒ぐと精市に迷惑がかかるぞ」


賑やかなメンバー達は、俺が倒れる前と何一つ変わらない。


それでも。


「そういえば学年末で赤也の点数が…」


「ちょっ丸井先輩っ!」


俺は受けてない。


「もうすぐ先輩方も卒業ですね」


先輩から部を任されたのは俺なのに。


「春休み中の練習はどうするんだ?」


いつの間にか季節は冬から春に変わろうとしていて。






「幸村。そろそろ俺達はお暇させてもらう」


「…ああ。今日はわざわざすまなかった」


「気にするな」


「真田、留守を頼んだ」


「無論だ。お前の留守で戦力が衰えるなどあってはならん事だからな」





「仁王、」


「ん?」


「お前はまだ平気だろう」


「…ああ」


蓮二の言葉に頷いた仁王が俺に視線を向けた。








「…仁王」


「なん?」


みんなが帰り静まった室内。
入口に立ったままの仁王を呼べば、静かにベッドまで来ると丸椅子に腰掛けた。


「全然楽しそうじゃなかったね」


「そうか?…まあお前もあんまり嬉しそうじゃなかったみたいやけど」


「そんな事、」


「疲れさせたならすまんかった」


「うん…」


椅子に座った仁王が、俺の手を握っていて。
その手は、彼にしてはとても温かかった。



「…俺さ、テニス出来なくなると思うんだ」


「……」


「段々、身体の自由が利かなくなって…そうしたら歩く事も難しい。テニスなんて無理だよ…」


「…幸村、」


俺を呼ぶ声と共に力のこもった彼の手。


「…焦っちゃあかんよ!」

「…」


「必ず治るって思ってる。少なくとも俺は。…お前がこのまま引退なんて考えたくない」


「仁王」


「だから、焦らんでよか。」


そう言って抱き締めてくれた仁王は、少し震えていた。


「…だって不安なんだよ。みんなに必要なのは神の子と称される俺なんじゃないかって。テニスが出来なくなったらみんな離れて行くんじゃないかって…」


「そんな事あるわけない」


「でも」


「俺は幸村が好きじゃ。ちょっと強引だけど、それでもちゃんとみんなの事考えて、」


「っだから!テニスが出来なくなったら俺はみんなから必要とされないんだろ…!」


仁王も理解ってくれない。


仁王の言葉を遮った俺の言葉に、びくりとしたのが伝わって。


そう思うと悲しくて悔しくて、抱き締めていてくれた腕を振り払っていた。


「幸む」


「もう帰って…!」


「……」





視界の隅に仁王が病室を出て行くのを見送った。


仁王は何も悪くない。
ただの八つ当りだ。



…誕生日なのに。



1人になった室内は真っ白で。
自分だけ世界から見放されたようで。


「…っうぅ…や、だ…」



怖くなった。





―――――





『仁王…今日は、ごめん』

『いや…謝る事ないぜよ。…それに俺は、神の子じゃなく、普通に感情を出す人間の子のお前がいい』

俺らしくもなく少し緊張しながら消灯前にかけた電話は、思ったより早いコール数で繋がった。

『それは、好きって事?』

『…さぁの』

『ははっ!俺はお前の事愛してるよ?あ、照れなくていいよ今更』

『…照れとらんし』

『ねえ、お前も言ってよ。今日だから聞きたいんだ』

そう、誕生日なんだから。

『は?』

『言ってくれるよね?

『…えーっと…あー、…』

コホンと言ういかにもな咳払いの後、電話越しに唸り始めた仁王は明らかに照れているのが伝わってきてとても可愛い。


『…あー、俺も…』

『うん』

『幸村んこと』

『うん』

『……好き…じゃ』

『えー、ここは愛してるって言ってよ』

『そんなん電話でなんかハズくて言えるか!』

『直接なら言えるんだ?』

『…え?!』

『こんな事なら昼間もらっておけば良かった』

『いやいや』

『もちろんプレゼントを兼ねてお前をね』

『…いやいやいや』

『あ、そろそろ消灯だから部屋に戻るよ』

『…おん』

『…じゃあ、また』

『ん。…誕生日おめでとう幸村、…愛しとうよ』


最後の一言に返事をする前に通話は切られてしまった。
だけど、これからは前向きに治療に取り組める、そう思える誕生日になった。



(あーあ、昼間帰らせなきゃ良かったな…)



14歳。
良い1年になりそうだ。







おわり




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