三十路式
「カンパーイ!」
賑やかな声が店内に響いた。
こうして、8人が顔を合わせたのはいつ以来だろうか。
「仁王せんぱい〜お久しぶりッス!」
「久しぶりやねぇ、成人式お祝い出来んでごめんな」
「いいッスよ、そんなの」
懐かしそうな二人の会話にああそういえば、と十年前の事を思い出した。
成人式を終えてから、赤也も交えて部活仲間で集まったのだ。
その時すでに仁王はこの街を離れていて、同窓会以前に成人式にも参加はしなかった。
そう考えると実に高校の卒業式以来だ。
あの頃、仁王が自分の性別に対して悩んでいたとは思いもせずに、そして同性にも関わらず片想いをしていた自分。
情けないし恥ずかしいし懐かしい。
「ブン太はさ、仁王の事何て呼んでるの?」
不意に話しかけれて隣を向くと幸村くんだった。
「今は、ハルだけど」
「ふーん…」
「何だよ」
「ハルカってちゃんと呼んであげればいいじゃない」
「いいんだよ、あいつがいいって言うから」
女性になっていた仁王と再会してから早数年。
みんな働いている為、予定が合わずに実際に会うのは今日が初めての奴がほとんどだ。
「仁王は…」
「どうしたんよ真田」
「いや…」
しかし、いくらそっちの業界に一時身を置いていたからと言って、他の奴に接客スキルを使われても困るわけで。
「…仁王くん、お綺麗ですね」
「柳生は知っていたのか」
「ええ、高校の頃にちょっと伺いまして」
そしてこいつも得意気にそんな話をするから面白くない。
「よう」
「ジャッカルは相変わらずハゲなんか」
「まーな、そのおかげで調理するのに帽子被るの楽だけどな」
「今度ブン太に連れて行ってもらうなり」
「ああ」
さっきからオレを差し置いて、再会を楽しんでいる仁王にイライラする。
いくら昔は男だったとしても今はれっきとした女だ。
そして一応、オレの恋人だ。
みんなに仁王との再会を伝えたところ、一名を除いて驚く奴がほとんどで。
そして、オレ達の気持ちと関係にもそれぞれ驚いてはいたけどそこはやっぱりもう成人した大人なわけだし、つまらない偏見なんかはなくて。
『おめでとう』
そう言われた時はつい泣いた。
そして仁王お披露目同窓会が計画されてようやく今回の開催となった。
「仁王くん、良かったですね」
「柳生さんのおかげじゃ」
「そんな事ないですよ。私はただ医者としての仕事をしただけです」
「うん」
仁王の顔が赤らんだのが酒のせいじゃない事もわかるからもうモヤモヤが募る一方で。
「入れ替わりテニスや詐欺師と呼ばれていたのが懐かしいな」
「今はメイクで詐欺っとるよ」
「…そうだな」
あの柳さえ、どこか上の空にさせてるから恐ろしい。
「ところでー、仁王先輩と丸井先輩ってもうヤったんすか?」
「ッ?!」
耳打ちして来た赤也を叩けばイテェと騒いだが自業自得だ。
もともと綺麗な顔立ちをしていた仁王が表情豊かに微笑む。
そりゃあいつの魅力が存分に発揮される。
中学時代密かに恋い焦がれていた頃は仁王になら抱かれても構わないと思っていた。
それがいざ女性としての儚さや可愛らしさを日々見ていれば、自分が守ってやりたいと思うし抱きたいと思ったのだから不思議なものだと思う。
「さて」
飲み会も盛り上がって来たところで柳が口を開く。
「最近は三十路式と言う式典もあるらしいんだ」
「三十路式?」
「つまりは成人式と同じように三十代になった事を祝う催しだな」
「へぇ」
「せっかくの機会だ。成人式に参加してない仁王の三十路式にしたいと思う」
「え!」
それまでふむふむと柳と幸村くんの会話を聞いていたが、突然名前を呼ばれた仁王が驚いている。
「何、ウチ何も考えとらんよ」
「構わない。今の仁王のこれからの抱負でも夢でも」
「突然言われてもな…」
考え込む仁王にみんなの視線が向く。
「あー…えーっとな…うん。中学高校ってみんなと過ごせてホンマに楽しかった!でも、ウチはやっぱり女の子になりたくて…連絡切って…」
言葉を詰まらせた仁王をオレ達も静かに見守る。
「けどな、ブン太がウチの事受け入れてくれて、またこうやってみんなと会えてすごい幸せなんよ
。これからも、仁王雅治改め仁王ハルカをよろしくお願いします」
仁王の三十路式は大きな拍手で締め括られた。
「なぁブン太、仁王眠そうだぜ」
ジャッカルに呼ばれてそちらに行けば幸村くんの肩に寄りかかる仁王がいた。
「ったく、久しぶりだからって飲みすぎんなよ」
「ふふ」
「何だよ」
「次こうして集まるのは二人の結婚式かなって」
「なっ、」
「あれ?考えてないの?」
意外そうに驚く幸村くんに言葉が詰まる。
「まだ言ってないんだからネタバレすんなよっ」
「ごめんね、仁王のドレス姿見たくなっちゃって」
正直、再会した時点で実は仁王との結婚も考えていた。
だけど、みんなに会うまではまだ。そう思ってプロポーズなんかもまだまだで。
みんなと解散した後二人で帰路に着く。
仁王は楽しそうに飲み会の話をするけど、オレはタイミングを探っていた。
「ブン太?」
黙ったままのオレを不思議に思った仁王が名前を呼ぶ。
「ハル…」
「ん?」
「あのさ、その…今日みんなに会ったじゃん」
「おん…」
「だから、もう良いかと思うんだ」
「……」
「オレと結婚してよ」
「!?」
仁王が目を見開いてる。
コートのポケットで小さい箱+握りしめる。
返事が怖いのなんかもう今さらだ。
「…嫌なら、ごめん」
「嫌なんか言わんよ」
ふわりと仁王がオレに抱きつく。
その声は震えていて、今にも泣きそうだった。
「ウチでええの?」
「お前が良いんだよ」
「ウチ、昔は男だったんよ?」
「知ってる。つうか言ったじゃん、その頃も好きだったって。だから、仁王が良い。仁王じゃなきゃダメなんだよ」
抱き締め返した身体はやはり細く小さくて
胸には小振りながらに柔らかい感触も当たるわけで。
正真正銘、こいつは女性で。
「返事聞かせてくんねえの…?」
「嬉しい」
「オレも」
泣きながら笑った仁王が本当に綺麗で、こいつと出会えて本当に幸せだと思った。
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