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「やあ、太陽。最近何やら俺に言いたい事があるみたいだね」
「よお北風くん。その通り…今日は勝負を申し込ませてもらうぜ」
ある時、緩いウェーブ掛かった青い髪をした北風と、真っ赤な髪をした太陽が勝負をする事になった。
これまでの戦歴は全戦全勝で北風が圧倒的強さを誇っていた。
「構わないよ、始めようか」
「今日はいつもと違う趣旨でもいいだろぃ?」
「…何かな。どうぞ」
北風は不敵に余裕の笑顔を浮かべた。
すると太陽も負けじと今回の勝負内容を口にした。
「あそこに旅人がいるだろぃ?あいつの服をどちらが先に脱がす事が出来るか…どう?」
「わかった。それじゃあ俺から行こうか」
太陽が指し示した地上には、銀髪の旅人が1人。
北風は旅人を目がけると思い切り風を吹き付け始めた。
「っ!なん…さむっ!」
旅人は突然の冷たい風に足を止めた。
どうやら北風は旅人の服を吹き飛ばすつもりらしい。
しかし旅人は更に上着を出して着始めてしまった。
躍起になった北風が更に風を強くすると旅人が足をふらつかせた。
「っと、あぶなっ」
「大丈夫っすか?」
転びかけた身体を支えられた為、礼を言おうと声のした方に顔を向けた。
「……」
「わっ、ちょっと前見えねえ!」
しかし当の本人は吹き荒ぶ北風により、元より癖の強い髪を更にうねらせて前が見えなくなっていた。
「お前さんも気ぃ付けんしゃい…」
旅人はそう伝えると歩みを進める。
次は太陽の番だ。
「よぉし!」
気合いを入れた太陽が今度は旅人を照らす。
「何じゃ、今度はポカポカしよる…」
先程までの寒さが嘘のように明るく照らされる旅人。
額の汗を拭う様子に、これはあと少し、そう思ったところで旅人が何かに気付いた。
「なっ、何じゃあれは」
その声に北風も太陽も旅人の視線の先を向いた。
「眩しすぎて前が見えんぜよ…」
通りすがりの男のスキンヘッドが太陽の光を受け明るく輝いていた為、視界が眩んだ旅人はその場に座り込んでしまった。
「…まったく。太陽は乱暴だな」
北風が余裕のある様子で再び旅人に風を吹き付け始めた。
「寒っ…何なんじゃ今日は…」
旅人が震えていると、向こうから上半身裸の男が歩いてきた。
なるべく関わらないように視線を反らした旅人に気付いたその男は近付くと声をかけた。
「どうした、具合でも悪いのか」
「…いや、平気じゃ」
「そうか、ならばお前もそんな厚着などせずに乾布摩擦をしないか」
「……」
やたらむさ苦しい男に気付かれないよう溜め息を吐くと旅人は立ち上がった。
「いや、まだ旅の途中やけ先を急ぐんじゃ」
そう言うと男は残念そうに旅人を見送った。
「今回の勝負はなかなか手強いな…」
思わず北風が弱音を漏らすと太陽はあと一息…と再び旅人を照らし始める。
「暖かいのぅ…今日は変な天気してるぜよ。寒かったり暑かったり…」
旅人が足を止めた。
「ふぁぁ…眠くなってきたなり…」
今度は座り込むと寝転んでしまった旅人の元に1人の男が近付いた。
「大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか」
「…ん、いや…ちょっと睡魔が…」
「こんな場所で寝ては風邪を引いてしまいますよ。私の家でお休みなさい」
男はそう言うと旅人を抱き上げた。
「すまんのぅ…」
最早夢心地な旅人は男の瞳が眼鏡の奥で妖しく光った事には気付かない。
良からぬ展開に北風と太陽も勝負どころではないらしく、途端にその場一帯は冷たい北風と真夏のように照りつける日射しが降り注ぐ異常気象が起きた。
しかし、男の家は本当にとても近かった為、旅人を連れて中に入ると上着を脱がせ、自室のベッドへと寝かしつけると暖かい食事を用意し始めた。
旅人もしばらくしてその美味しそうな匂いに目を覚まし、キッチンに顔を出した。
「もうすぐ食事も出来ますよ」
「色々すまんのぅ」
勝負の結果がまさかの紳士に奪われた事で、北風と太陽も様子を伺うしか出来ない。
「くっそ、何なんだよあの紳士」
「しっ、上着を脱がしただけならまだ勝負は終わってないよ」
しかし余裕そうに笑った北風に聞こえた次の言葉に、男の家は集中的異常気象に見舞われたのだった。
「それでは旅の方、一宿一飯の恩義は身体で返して頂きましょうか」
おわり
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