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ブン太は1人になった教室で黙々とマフラーを再開させた。
教室の扉が開き、振り向くと仁王が入ってきた。
「仁王さん…」
「…お前さんら何部やったっけ」
「、手芸部、」
「あ…そ。……1人?」
「あー、赤也は今、トイレ…」
「あー、そ…」
「何か、用?」
「…手芸部って今からでも入れる?」
「え?…あ、うん、まあ大丈夫じゃね?何、手芸興味あんの?」
思わず嬉しくなったブン太は駆け寄った。しかし、
「別に」
仁王は口早に否定をすると背を向けた。
「ああ、そう…」
残念に思いながら返事をすれば、こちらを振り向いた仁王が続ける。
「あ、部活も単位に関係あるって」
「そうなんだよなー厳しいよなーうちの学校。オレもさー、手先は不器用なんだけど、何となく手芸部にすっかなーって」
「冬やしな」
仁王は、言いながら赤也の席に座る。
「…うんうん…?あ、外寒いもんな…うん、寒いからな!運動部。…冬だからなー」
何と応えていいかわからずも明るく言うとブン太も席に着いた。
―――――
「ワッ!!」
「!?何だー、赤也か。ビックリさせないでよー」
赤也が廊下の柱の陰から飛び出した。
「どしたの、トイレ?」
「そっす」
「俺も行こうかな、これちょっと持っててくれる」
幸村はラケットバッグを預けると、トイレへと向かった。
「はい」
そして赤也はその荷物を抱き締めるように抱えて待っていた。
―――――
ブン太と仁王、2人きりの教室は沈黙が続いていた。
その静けさに耐えかねて、マフラーを編みながら、隣に座る仁王をちらりと見た時、仁王が俯きながら口を開いた。
「俺も去年編んだ」
「え?」
言われた意味が一瞬理解出来なかった。
「あぁ、マフラー?」
「腹巻」
「は、腹巻?」
つい先程、自分はマフラーを諦めて腹巻にしようかと思った。だからもしかして。
「挫折して…?」
「最初から腹巻」
「…そうなんだ」
再び、教室内は沈黙に包まれた。
―――――
「はあ、寒いね。お待たせ」
「あー、幸村先輩ハンカチ持ってます?」
「持ってるよ?」
「ですよねー…」
「赤也また忘れたの?仕方ないなぁ」
そう言ってポケットからハンカチを出そうとした幸村を止める。
「あ、大丈夫っす!それより、購買行きません?」
「え?」
「お腹減ったし、行きましょうよ!」
「でもブン太待ってるでしょ?」
強引な赤也に驚きながら聞き返す。
「大丈夫ですって!喉も渇いたし。ね?行きましょ」
腕を引かれて、幸村も渋々歩きだす。
「もう、仕方ないなぁ。姫の仰せの通りにしないと後が怖いしね」
「やったー」
苦笑気味に笑う幸村の腕に抱きつくと2人は並んで購買へ向かった。
―――――
「腹巻って…」
ふと思い出したようにブン太が笑う。
「何よ、急に腹巻って」
「腹巻は、彼氏に?」
赤也の妄想劇が頭を過った。
「……」
「…あぁ〜、悪い…ごめんな…立ち入った事聞いちゃったな…」
何も言わず視線を泳がせると仁王は俯いてしまった。
ブン太も、そんな仁王に赤也の妄想も強ちハズレてなかったのかと慌てて謝った。
「……ベスに」
しかし仁王の口からは予想外の相手が出てきた。
「…え、べ、ベスって?」
全くわからず驚くブン太に、仁王は恥ずかしそうに答える。
「九州で飼ってた柴犬。お腹弱い子やったけん、それで」
「あ、あー、そう、ベス…何だか可愛いじゃん、腹巻巻いた柴犬」
あまりの現実に拍子抜けしつつも、平静を装って笑った。
「やけど、こっち来る前に…」
「もしかして」
深刻そうに呟いた仁王に胸が痛んだ。
「お向かいの土佐犬んとこにお嫁に行っちゃたなり」
「……あそー、やっぱりなぁ九州だもんなー土佐犬だよなあ」
今度こそ呆気に取られて困ってしまう。
「それと俺も」
そんなブン太の様子を気にもせず仁王は続ける。
「お嫁行ったの!?」
「腹巻」
思わず勢い良く視線を向けたブン太に、怪訝そうに答える。
「へっ?あ、腹巻…だよな。お嫁には行かないよなぁ。自分にも編んだんだ」
「それと友達にも」
「…随分たくさん編んだんだな…」
マフラーに挫折しそうな自分には腹巻3本でさえ気が遠くなりそうな気がする。
「その友達っつうのは、男子?」
しかし赤也の妄想が頭から離れずについ聞いてしまう。
そんな事を思ってもない仁王は首を振ると嬉しそうに答える。
「女の子、ペンフレンド」
「ペンフレンド?」
またも予想外な相手に、つい聞き返す。
「メル友じゃなくて?」
「…うん」
恥ずかしそうに頷いた仁王は可愛らしい。
「へー、何かいいな仁王さん。古風なんだな!そのペンフレンドはどこの子?」
今まで話した事のなかった転校生に興味がわく。
「…こっちんこ」
小さく呟いた仁王に微笑ましくなりながら繰り返す。
「こっちんこ…」
が。
「…ちん…?えっ、ちょ、やだやだオレったら…仁王さんてば!」
ブン太は、自分がつい口走ってしまった単語に頬を赤くすると慌てて顔を背ける。
「え、あっ、いやこっちの子!神奈川の子!」
そんなブン太に、仁王も標準語で慌てて言い直す。
ブン太も今だ赤い顔のまま振り向くと、再び仁王の言葉を繰り返した。
「こっちの子…?え?あっ…。あっ、じゃあ!こっち来てから会ったりしたの?」
冷静になったブン太が話題を戻して問えば、仁王は首を振った。
「連絡は?」
「……」
「何でだよ?」
「やって、俺こんなやし、喋るのも苦手なんよ。会ったら多分、幻滅される…」
「はぁ?そんな事ねえって!仁王さん個性的でいいと思うよ?」
仁王は視線を合わせず、普段を思い返し呟く。
「…越してきて3ヶ月経つんに、まだ1人で弁当食べとるしの…」
「それは仁王さん大人っぽいからみんな話し掛けにくいだけだって」
「…転校してきて3ヶ月経つんに、今日初めて喋った」
仁王を励ますつもりで言ったはずが、チラリと指までさされて苦笑される。
「…んなの関係ねえよ!もう手芸部にも入ったんだし、こんなにたくさん喋ったんだし、今日からは思いっきり友達だからな!」
「友達…?」
ブン太の言葉に顔を上げた仁王の表情は明るかった。
「そうだよ、友達!なっ!」
「おん」
そうして頷いた仁王は、今まで見た事のない明るい笑顔をしていた。
つられてブン太も笑い返す。
「何か仁王さんって、」
「友達なんに名字?」
嬉しくなって話そうとした言葉を遮られる。
「あっ、えーっと…マサ!マサって呼んでいい?」
仁王はまた嬉しそうに笑った。
「あ、じゃあオレの事はブン太でいいぜ」
「おん。…ブン太」
「良かった」
そして手を止めていたマフラーに向き直る。
「ブン太」
「んー?」
編みながら返事を返す。
「ブン太っ、…ブン太…」
しかし仁王からの続きはなく噛み締めるよう名前を呼んでいた。
友達として付き合えるのだろうか。
それ以前にこの2人きりの空間を打破したい。
「…赤也まだかなぁー…」
トイレへと行ったきりの後輩を恨めしく感じたブン太だった。
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