立海大附属女子中等部。





癖の強い黒髪の女子生徒が1人、軽い足取りで特別学級棟へと向かっていた。


静かに被服室の後ろのドアを開けた。
窓から外を眺めるとため息を1つ…しかし手にしていたバッグに視線を落とすと、「よしっ!」と気合いを入れ席に着いた。


その頃、同じように被服室へ向かい、廊下を急ぐ赤髪の少女がいた。
「っ!…ごきげんよう、シスター真田」
ここの校風は厳しいため、廊下など走るものならシスターから平手が飛ぶ。
そのため慌てて立ち止まると例に漏れず挨拶を済ませ駆け抜けた。





「赤也悪りぃ〜」

先程の赤髪の少女が勢いよく教室の扉を開けた。


「もー、遅いっスよブン太先輩」

赤也と呼ばれて黒髪の少女が返事をする。

「ちょっと体育の原先に捕まってた」

ブン太先輩と呼ばれて赤髪の少女がぼやく。

「1人で淋しかったっす…」

「ごめんなー」

どこまで進んだ?ブン太が尋ねながら赤也に寄る。

「うーん、失敗して解いたとこっす。ブン太先輩は?」

赤也の返事を聞くと自分も席に腰をかけた。

「オレはまだ全然…これじゃあマフラーまでまだまだだな、端つなげて腹巻にすっかなあ」

そう、2人はマフラーを編んでいる。
ブン太は編みかけの物を取り出すとため息をついた。

「えー、色気ないっすよー」

「だよなー、初志貫徹!腹巻は却下!」

「そっすよ却下却下」



手を動かし始めて、先に口を開いたのは赤也だった。

「終業式までに間に合うといいっすねぇ」

「クリスマスまでにだろぃ?」

手を止めると並んで窓から外を眺める2人。

視線の先にはテニスコートに立つ憧れの人の姿が。

「精ちゃん、頑張ってるな」

「中等部のエースっすもん。それに入院中出来なかったからって年内は出てるみたいっスよ」

「あっ!!こっち見た!わっ、精ちゃーん!!」

コートから2人の姿に気付いて手を振っている。
それに振り返すと、赤也は再び「よし!」と席に戻った。
遅れて幸村とのやり取りを噛み締めるように微笑んでブン太も席に着いた。





しばしの沈黙。
しかし手を休める事はしない。

「あ、原先なんでした?」

ふと赤也が思い出した事を質問する。

「あ、赤也聞けよ!今日体育マラソンだったんだけど、オレほら、走るの苦手じゃん?だからスゲーゆっくり走ってたわけ!そしたら廊下で呼び止められて、スポーツブラにしたらどうかって!」

「何すかそれ、きもーい!」

ブン太の言葉に目を見開く赤也。

「あれ絶対セクハラだよな」

「あ、ブン太先輩知ってました?原先と言えば文化祭の時にC組の景子と一緒に回ってたらしいっすよ」


女子中学生ともなればスキャンダルに関心が向くもので。

「うっそマジ?景子ってちょっと派手なやつだろ?」

「あと真っ青な派手な車でバレー部の子部活の後家まで送ってたらしいっすよー」

「えー!それ問題じゃねえの!?」

「問題っすよ!シスターにはバレてないみたいですけどぉ。今年新卒で入ったちょっとイケメンの体育教師だからって、自分が人気あるって勘違いしてますよね」

「他に若い男がいないからってだけなのにな」

「ですよねー女子校だからもてるだけっすよね」

その後もキモいだの何だのと言いながらも話題が落ち着くと、再びマフラーを編みはじめる。


「いいなあ赤也、きれいに出来てて」

自分の出来を一瞥した赤也にブン太が口を開いた。

「ブン太先輩のがうまいっすよ」

「それに早いし」

「俺のは雑なんすよ、最終的にはブン太先輩の方がきれいに仕上がりますって」

「そうかぁ…。喜んでくれるといいな」

「そっすね」



そして互いににわからないところを教えあっていた。



カラカラカラと静かに教室の扉が開いた

「!?あ、」

「すまん…」

扉の方を振り向くと、眼鏡をかけ、銀髪を2つわけしみつあみにした女生徒が立っていた。

何とか聞き取れるようなか細い声で一言謝ると、驚いて返事が出来ない2人に少し異なるイントネーションで再び話し掛けた。

「…ここ何部?」

彼女の質問にブン太が答える。

「手芸部」

「そ…」

尋ねながらも入口に立ったまま続ける。

「2人?」

「うん、他の奴らはテスト開けて早く帰ったりしてるし」

「あ、そ…すまんかったの邪魔して」

「あ、いや…」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう…」

ブン太の返事に挨拶を返すと、開けた時と同じように静かに扉を閉じた。

彼女が廊下を過ぎたのを確認してからドアまで近寄り見送るブン太と赤也。

「…今のってブン太先輩と同じクラスの仁王さんですよね」

「びっくりしたーオレ初めて喋った!」

「何か大人っぽい人っすねぇ、いつ転校してきたんでしたっけ」

話ながら再び席に戻る2人。

「2学期から。大変だよな3年のこんな時期に転校なんて。しかも九州からなんてすごくね?」

「何か訳ありの予感!」

とても楽しそうな赤也。

「訳あり?」

「そうですよー絶対訳ありっすよー!いいなあ訳ありー!」

相も変わらず机に伏せて楽しそうにバタつく。

「えぇ〜?なあなあ訳ありって何だよー」

「親の離婚?」

得意気な赤也に対して、丸井はがっかりしたように背を向けて椅子に座る。

「今時親の離婚なんて大した訳じゃないぜ?」

「あ、ですよね。じゃあ男絡みとか」

後ろから耳元に妖しくささやく赤也。

「えっ、ちょっ、た、例えばどんな?」

やはり中学生。
スキャンダルな内容に興味津々と勢いよく振り返るブン太。

「例えばー、…子供が出来ちゃったとかぁ!」

興奮気味に話す赤也に「テレビの見すぎだってー、そんなん現実にはないって」と言いながらブン太も同じように興奮気味だ。

「わかんないっすよーだって俺達って九州っつったら獅子楽中の事しか知らないんすよ?ひょっとしたらものすごく進んでるかもしれないじゃないっすか!」

再び興奮して盛り上がる赤也の妄想劇が始まった。





『精市の子供ができたばってん、精市の子供ができたばってんっちゃ』

ここで好きな人の名前使いたくなるのも仕方がない。
男絡みとか、と言い出した赤也が仁王役、そしてブン太が精市役。

『何だと?それは本当に俺の子供かばってん、どぎゃんするとね』

仁王とは対照的に焦る精市。

『産みたい、産みたいっちゃ』

『ばってん俺達まだ中学生じゃばってんムリっちゃムリっちゃ』

『愛してなかと?あんた、愛してなかとねー』

泣き喚く仁王の父親登場。
父親役もブン太。

『こら、お前仁王さんに何て事…仁王さんの名前は雅治、お前雅治に何て事してくれたとね。うーん、ふっ、うーん、あ、すみませんすみません…』

殴って殴られて、精市は頬を押さえながら謝る。

『やめて』

父親を見据える仁王。

『雅治とはもう会わせん、雅治は神奈川の中学に転校させるばってん』

『!?おとうさんっ!』
それを聞いた仁王の表情は悲しんでいた。

『すみませんすみません』

『精市…』

果たして本当にこんな事があったのだろうか。





「何やってるの?」

声と共に教室の扉が開いた。

「「!?ああっ、精ちゃーん(幸村せんぱーい)」」

「何か盛り上がってたね」

「っ、何でもないっすよ!ねー」

慌てる赤也と共に立ち上がる。

「何でもない、ちょっと遊んでただけ」

「そう。あ、まだもうちょっとここにいる?」

「「いるいる」」

「幸村先輩は、まだ部活出るんすか?」

「ううん、今終わったとこ。寒かったよー、この時期にスコートはキツかったね」

「精ちゃんあんま無理すんなよ?いくら神の子って呼ばれても人間なんだから」

「大丈夫、ありがとう。あ!着替えてくるからちょっと待ってて。一緒に帰ろう」

「「うん」」

憧れの幸村から誘われて驚く2人。

「じゃあすぐ戻ってくるから。ここにいるよね?」

「うん!」

2人ともウキウキと返事をする。


「あー!」「わー!」
「カッコいいっすよね幸村先輩!」

幸村が教室を出た後、一気に2人のテンションが上がった。

「カッコいいよ精ちゃん!あのふくらはぎたまんねー!眼福ガンプク」

思わず拝むブン太。

「幸村先輩がいれば、男なんて必要ないですよねー」

「そうだな、優しいし男子よりよっぽど頼りになるし」

「よーし、俄然燃えてきた!…トイレ行ってこよ」

「何、赤也興奮しすぎちゃった?」

「もー、ブン太先輩えろいっすよー!」

赤也はブン太を突飛ばす慌てて教室を出て行った。

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