3《再会・後編》

「……トッキー、ごめんの、今日は帰る」


「いえいえ。お疲れ様です。ハルカさん、良かったですね」





思わず丸井とキスを交わしてしまった後、ここが自分の店だと思い出して慌てて離れた。


しかし他の従業員や客からは死角なものの、マネージャーの常時するカウンターからは丸見えだったようで…。


(類は友を呼ぶってホンマじゃ…!)

にこやかに見送る時田に、ある人物を連想するしかなかった。









「なあ」

「ん?」

店を出て駅まで歩いていると丸井が口を開いた。


「…さっきの。ごめんな、店ん中で…」

「他の人には見られとらんから平気。……まあトッキーには見られたけど…」

「えっ!?」

「帰りにからかわれた」

帰り支度をする間、丸井は外で待っていた。
時田との会話を聞いていない為、思い出して苦笑いを浮かべれば丸井もバツが悪そうな顔をした。


「ところで、さ…」

「うん?」

「…お前今日どうすんの?」

「えっ!?」

手を繋いで来た丸井に応えるように指を絡めればそう問われて焦った。
終電まではまだ時間がある。いざとなればタクシーも。どういう意味で…。


「ど、どうって…」

「あー…いや、うん。…一応オレら恋人になったわけだし…うちでちょっと呑み直さねえ?」

「あっ、ああ、そやね…」

丸井の言葉を深読みしてしまった自分が恥ずかしくて、頷くとそのまま俯いてしまう。

「(…まあ、再会した日にっつうのはオレも考えてなかったけど、オレの言い方が悪かった、よな…)ごめんな」

「え、」

「久しぶりだから、色々話したいと思ったんだけど」

隣を歩く丸井の声が本当に申し訳なさそうで、思わず笑いが零れてしまった。

「ごめん、何やろ…こんなに気遣うブン太珍しくてつい」

「…悪かったな」

「ブンちゃん怒っちゃイヤじゃー」

「るっさい」

「もうっ!仕方ない人やね」

立ち止まって腕を引けば、振り向いた丸井にキスをしてやる。

「…これで堪忍な」

「っ、ばあか!」

ニッコリ笑えば丸井は顔を真っ赤にしたのだった。





―――――





「じゃあ、改めて」

「「かんぱーい!」」




丸井のマンションに案内されて、並んでソファに座るなり、途中のコンビニで買ったアルコールを早速開ける。
神奈川にいた頃、丸井の家に何度か行った事がある。しかし2人きりなんて心臓が保たないので、いつも誰かしら一緒の復数人でだった。



「…部屋片付いとるね」

「まあ…」

「中学の時はあんなに散らかってたんに」

学生の頃訪れた丸井の部屋は、ゲームやマンガ、そしてお菓子がいろんな場所に置かれていた。
その頃と今を比べるとつい笑ってしまう。


「打ち合わせで人集まったりするしさ」

「ブンちゃん、今日のって雑誌載るん?」

「…載せない」

「えー!取材聞いたから着物にしたんにぃ!ブン太のアホ!」

「しょうがねえだろ?…会いたかったんだから」

「…だからって、わざわざトッキーにまで口裏合わせさせんでも…ホンマ心臓止まるかと思った」



取材と称して指名を入れていたにも関わらず、いざ来店した丸井は仁王を呼んでもらう際に自分の名前を伏せるように頼んだのだった。



「そうは見えなかったけど。さすがペテン師」

「コート上のな」


楽しそうに笑う丸井がムカつく。



「でも本当、仁王が元気そうで安心した。…マジで詐欺師とかしてたらどうしようかと思ったんだ」

「……」

「まあ性別詐称してるとは思ってなかったけど」

「ブン太は…今の…女のウチはイヤ?」

「はぁ?んな事ねえけど」

「ウチ、別にワザと女の格好しとる訳じゃないんよ?ウチは今、女として生きとるんよ?なのに…」

家族は、何故だかとても寛大だった。
自分を「ハル」と呼んでも、髪を伸ばしても。
高校3年になり進路の話をするようになった頃、思い切ってカミングアウトをしたら、多少驚きはしたけれど拒否はされず「無理させたね」と抱き締められて涙が出た。
しかし、ようやく想いの通じた相手に、この障害は理解してもらえないのかと思うと悔しい。


「ごめん…、そういう意味じゃないから!」

「…うん」

「…中学高校ってずっと好きだったのに、仁王の事全然知らないんだなあって」

「ウチも言わんかったから…」

「あの頃、親友ぐらいにはなれたと思ってたんだよな正直言って…好きな相手にそのポジションは辛かったけど」

「ウチは、あの頃みんなの中心にいるブン太が普通に格好良くてな。仲良くなれて嬉しかったんよ。だけどこの事理解してもらえるとは思わんかったし、男に惚れられとる知ったら気持ち悪がるやろなと思ったら、卒業してから連絡取るのが怖かった」


そう告げれば丸井は少し寂しそうに笑った。


「仁王が悩んでた時に傍にいれなくてごめんな」


「そんなん気にせんでよ。ブン太は悪ない」


「これからは、傍にいるから」


「う、ん」


数年振りに再会し気持ちが通じたばかりの相手にそんな事を改めて言われるととても恥ずかしい。

それは言った当人の丸井も同じようで、顔を赤くしたまま視線を逸らすと酒を呑むペースが早くなった。










「…でさ、オレは仁王に惚れたわけ!あん時はマジで抱かれてもいいぐらい思ったね」

「は…?」

あまりの恥ずかしさに黙々と呑んだせいか、丸井は酔いが回ったらしく普段以上に饒舌になった。

気付けば、空き缶がテーブルの周りには転がっていて、隣で陽気に話す丸井は仄かに顔を赤めていた。
接客をしていると客が酔ってしまう事もしばしばある仁王には、丸井の酔い方はなんて事のないもの。

しかし、話してる内容は学生時代の思い出話なのに、ふと告げられた一言に驚く。


「もうね、仁王になら何されてもいいと思ってたよマジで!すごい女々しいけど。仁王しか見えてねえ、みたいな」

「…うん」

「だけど柳生がなー…あいついっつも一緒にいてさー。仁王も柳生といる時は嬉しそうだったからオレ無理だなって」

缶を置いた丸井がうなだれる。

「や、柳生は、今でもただの友達やから、」

「…ふーん…今でも付き合いあるんだ」

だから誤解は、と告げようとした言葉は顔を上げた丸井に遮られた。

「あ?えっ、」

「オレの事好きだったクセに連絡切って、柳生とは今も付き合ってんだ…」

酔ったとばかり思っていた丸井の問いに戸惑う。

哀しそうな、しかし怒りを込めたような瞳でにじり寄られ、気付けば丸井を見上げていた。

「ぶ、ブン…太?」

恐る恐る名前を呼べば、優しく頬を撫でられる。

「…オレ、本気で仁王に憧れてた、いっつも飄々としててさ。マジで抱かれかったんだぜ…」

撫でる手は優しいのに、表情は酷く不満そうで とても申し訳ない気持ちになるのは仕方がない。

「ブン…ごめん、」

そう言うと丸井が抱きしめてきた。

「……お前が柳生と付き合ってても、オレ、仁王が好きだったよ」

「っ、だから!柳生とは付き合ってなんか、」

「………にお、…」

「……寝とるし…」


自分を抱き締めたまま静かになった相手を見やれば寝息が聞こえた。


起こさないように丸井の身体を反転させて何とか腕から抜け出る。
家の中がわからないながらに、寝室から毛布を持ち出してかけてやった。


「(ここがソファで本当に良かった)」

丸井の顔を見ながら、ふとそんな事を思う。
毛布を探して寝室を覗いてしまい、先程までの丸井の言葉と、抱き締められた時の逞しくなった腕を思うとその先を考えてしまった。


「…ブン太のわからず屋…」

「…っ、ん…天才的、だろ…ぃ」

「…人の気も知らんでっ!」

中学高校と、丸井を好きだったのは自分も同じ。

丸井には悪いが、抱かれるなら丸井がいいとさえ考えていた自分には、学生時代、自分の方が身長が高い事さえもコンプレックスだった。

そんな相手にあんなふうに抱き締められたら意識してしまうではないか。



「(ブン太に会った事、柳生センセにメールせんとな…)」



幸せそうに眠る丸井の額にキスを落とすと、ソファに寄り掛かり毛布を纏うと自分も静かに目を閉じた。





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