パラレル4篇〜美容師と客〜
「へぇー、じゃあ俺ら同い年やね」
《美容師と客》
「カットで」
「では、こちらのシャンプー台にお願いします」
初めて来る美容室だった。
いつもバスで通る住宅地に新しく開店したその美容室は、受付のお姉さんも美人だし、内装おしゃれだし雰囲気いいし、第一印象はかなりいい。
「いらっしゃいませ。イス倒しますね」
案内されたシャンプー台に座ると、低い男の声に話しかけれて驚いた。
チラッと視線を送ると、銀髪ウルフヘアーで後ろ毛を1つに括った男が笑顔を向けていた。
「…あ、はい」
さっきのお姉さんがシャンプーしてくれるかと思ってたら、まさか男の美容師だとは…。
正直かなりガッカリだけど、このお兄さんもさすが美容師って感じに銀髪も似合ってるし、服もおしゃれだし、何かカッケー…てか、きれい…だな。
もしかしてハーフとかかな。
なんて考えてたら、つむじらへんを洗われるのに、お兄さんの気配が近くなった。
香水なのか、すごいいい匂いがする。
何だろ、ドキドキしてきた。
「イス起こしますね」
「は、い」
ヤバイ、オレの顔火照ってそうな気がする…。
「あの、シャンプー熱かったですか?」
鏡の前に案内されてイスに座ると、お兄さんがそう尋ねてきた。
「え?」
「…何か、顔赤いみたいだから」
シャンプーの間はタオルをかけられるからわからなかったけど、今鏡に映る自分の頬は、微かに赤く染まっていた。
「っ!あ、ちょうどです、いや、えっと…大丈夫!、でした…」
「そっか、なら良かった。とゆうか、俺もすまん、お湯加減聞き忘れた。…また姉貴に怒られるぜよ」
焦って、へんな返答のオレを余所に、お兄さんは散髪用の前掛けを装着させると、鏡越しに苦笑を漏らした。
「マサ、あんた、また聞き忘れたの?」
「やば!…地獄耳じゃ」
「ちょっとー、お客さんの前で何言ってんの!」
……お兄さんの姉貴というのは、さっきの受付してくれたお姉さんだったらしい。
確かに、よーく見ると目元とか雰囲気とか似てるかも。
それにしても、今店内の客はオレだけだからか、お兄さんもお姉さんも、何かさっきまでとちょっと違う。
「さて、カット始めるかの。どんな感じにしたい?」
急に雰囲気の砕けた店内に内心戸惑っていると、鏡に映ったお兄さんがオレの頭をポンポンしながら微笑んできて、落ち着いた鼓動がまた早くなった気がした。
「え、あ…あんまり切らないで、梳く程度で…」
「ん、了解なり」
髪を触られてるだけなのに、鏡を直視出来ない自分がいた。
「あ!あの、」
「んー?」
「ここって、お兄さんとお姉さん2人でやってるんですか?」
「いや、店長は母親。今日は挨拶回りに出かけてるけどな」
「そうなんですか…あ、そういえばお兄さんの髪って地毛ですか?ハーフとか?」
「え?…あぁ、よくわかったのぅ」
「お兄さんみたいな話し方、日本大好きな外国人ぐらいしか見た事ないし」
「そうか?…まあ、この見た目と話し方で、小さい頃は随分な目にも遭ったけどな」
「えっ!…ぁ、すみません…」
「気にせんで」
「…はい」
ドキドキしてるのが落ち着かなくて話し掛けたけど、聞いちゃいけない内容だったらしく、そのままカットが終わり、再びシャンプー台に案内されるまでの沈黙が心地悪かった。
「……なんてな」
「は?」
「俺らハーフでも何でもない、普通の日本人じゃ」
「え!?」
「お前さん、可愛いリアクションするからついなぁ」
「〜っ!客にウソ吐くなし!」
「すまんすまん」
可愛いと言われたのが恥ずかしくて、また顔が熱くなったのが自分でもわかったけど、タオルに隠れてて良かった。
「そういえば、お前さん年いくつ?」
「え、あ、先月で23になりました」
「ウソ?」
「マジですけど」
ドライヤーをかけながら、鏡越しのお兄さんはかなり意外そうに驚いていた。
…童顔で女顔なのは自覚してるけど、改めてそういう反応をされるとへこむ。
「へー、じゃあ俺ら同い年やね」
「…………ウソ?!」
「…マジですけど」
お互い、さっきと同じリアクションをしていて2人して笑ってしまった。
「さっきの、俺は12月だけどな」
「えー、なんだタメかよ、ずっと年上だと思ってたぜ」
「ああ、お兄さんって言ってたしな、しかもハーフとか」
「…それ忘れてくださーい…」
「実際より上に見られるのは昔からだから気にならんけど、ハーフは初めて言われたから新鮮」
「……ふーん」
「はい、今日はカットは開店割引で2000円ナリ」
「あ、はい」
「ちょうどですね、ありがとうございます」
「うん…」
「あ、これ次の時割引になるから良ければ使ってくんしゃい」
「ありがと…」
「それから…今更やけど俺、仁王雅治って言うんじゃ。越してきて間もないから、ここらまだわからん場所多いんよ、せっかくタメなんやし、都合いい時にでも案内してくれんか…?」
「…へ?え、あ、うん!オレは丸井ブン太、これから、シクヨロ」
「シクヨロ。…じゃあ、またな、ブン太」
「おう!」
初めてなのに名前を呼ばれた事、また会える事、髪型が気に入った事…オレはドキドキしながら、上機嫌に足取り軽く店を後にした。
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