リップクリーム(〜3・24)

リップクリーム


『ブン太、リップ持ってたら貸してくれん?』



カサカサして痛い…と、自分の唇を触りながら、隣を歩いてた仁王が顔をしかめて立ち止まった後、そう尋ねてきた。



「…え、あぁ。…ほらよ。」
両手に抱えていた荷物を地面に下ろし、俺はブレザーを手探りポケットからリップを取出して仁王に渡す。



仁王は、俺の好きな奴。
同じ部活で、同じクラスで。
見た目のわりにアホだったり、何考えてるかよくわからなかったり。
とにかく、一緒にいて楽しい奴。

今日はバレンタインデー。

友チョコや逆チョコも話題になっていたが、結局この気持ちを告げる決心は出来ていない。

やっぱ男が男を、って何か…変だろ。





仁王が、俺んち方面のケーキ屋に買い物を頼まれてたらしく、今は一緒に下校中。

仁王んちは、俺んちとは反対方面だから普段一緒に帰る事なんて滅多にない。
あってもみんなで遊ぶ時だから、そんな意識しないでいれた。
でも今は正直、こうやって好きな相手と2人きりってだけで、すげー緊張してるのに、言われた言葉に更にドキッとしてしまった。



ありがとさん、と笑顔で受け取る仁王。



そして、キャップを開け、俺のリップを仁王が―――




これって間接キスじゃん!

言われた時点で気付いていたはずなのに、意識したら更にドキドキして、仁王から目が離せない…。



『……そんなに見られてると使いづらいナリ。』



苦笑気味に、間接はイヤだったか?と、俺が意識してた事をサラリと言われ、塗りかけてた手を止めたかと思うと、奴の口角が上がった気がした。






チュッ…






『ブン太に直接潤してもらったから、このリップは返すぜよ』





……えっ???
腕を引かれ、仁王の顔が目の前に来たかと思えば、唇に柔らかい感触、そして手のひらには返されたらしいリップクリーム。
しかも今、『直接』って―――



顔が離れた後、驚いてる俺に、ニヤリと笑いながら、そんな事を言われた。



キスされたと理解した瞬間、もうヤバい、目が合わせられない。
気付けば口を押さえ、思い切り背中を向けて顔を逸らしてしまったが、きっと今、俺の顔は耳まで真っ赤になってる。



何も言わず動けないままでいると、突然背後から暖かい感触に包まれた。


驚いて視線だけ振り向くと、めずらしく顔を赤くした仁王に抱き締められていた。




『ブン太、試すような事して悪かったな…。』


俺はお前が好きじゃ――
耳元で囁かれたその言葉に、今度は正面から仁王の表情を見たくて体の向きを直そうとしたが、
『情けない顔しちょるから、見んな』
と、肩口に顔を押し付けてきた。



そんな仁王が可愛くて、愛しくて、嬉しくて、俺は強引に向きを直して抱きついてやった。

「サンキューな、仁王。俺もずっとお前の事好きだった」







おまけ


あの後、手を繋ぎながら歩いて来た。


俺んち着いたけど、お前ケーキ屋どこだよ。

知らん。

はぁ?買い物頼まれたんじゃねぇの!?

…いんや。
今日こそはブン太の気持ち知りたかったからウソついたんよ。

…何でだよ?
つか、何ちゃっかり玄関上がってんだ!


おじゃましまーす。
何でって、今日はバレンタインだからな。

(部屋に向かい階段を上りながら)
…はぁ?
お前、そんなの気にする奴だったっけ。

だってブン太がいつまで経っても告白してくれんから…。

…!って、気付いてたのかよ?!……だって、そんなん、男同士で振られたら気まずいじゃんかよ!

(部屋のドアを閉めつつ)
だけど、今日俺が呼び出されたり、クラスで渡されてる度に、めちゃくちゃ悲しそうに見てだろうが。

う゛…み、見てねぇし!

…ふうん。ま、いいわ。
ところで、ブン太は何もくれんのか?

(ブレザーをハンガーにかけて)
…お前、今日たくさん貰ったんだろ。

俺、甘いの苦手。
だから全部断った。

…えっ!?……じゃあ、これやる!

そう言って渡されたのは、さっきのリップクリーム。

何じゃ、せっかくならブン太を貰おうかと思ったんだが。


なっ、バッ…カ!
今日はマジで勘弁!恥ずかしすぎて、もうそれ使えないからお前にやるんだから!…つうかお前…キスした時点でオレより潤ってたくせに…。



この言葉に大満足した仁王に抱きつかれ、気付けば結局頂かれてしまったオレだった―――




おわり

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