太陽は月に恋をして@

朝なんて、来なければいいのに―――



もうすぐ、寒さも本格的な冬になる。
寒いのはあまり好きじゃないけど、冬の夜空は好きだ。
真っ暗な中。光輝く銀色の月に、アイツを思い出して暖かい気持ちになるから。









「ブン太先輩って、付き合ってる人いたんスね」



中学最後の冬休み。


久しぶりに部活に顔を出しに行った。
もちろん仁王も一緒に。


連絡が合ったわけでもないのに、着いてみれば年末にも関わらず三強を始めとした仲間達が揃っていた。



まともに基礎練から参加するのは夏以来で、久しぶりのテニスにへばって1人休憩をしていると、現部長となった赤也が確信めいたようにそう尋ねてきた。


「いますよね?…お互いに彼氏、って言い方になんのかなぁ先輩らの場合。…それともどっちかが“彼女”なんスか?」


「…!?…何、言ってんだよ」

赤也の問いに驚きと焦りで、頭がうまく回らない。


チラッとコートに視線を向けた赤也が続ける。


「…俺見ちゃったんスよね、ブン太先輩と仁王先輩が、海岸でキスしてたとこ」



「部長が赤点取るようではたるんどる、とか言われて、期末中部活か休みになった途端、朝と放課後に真田先輩、幸村先輩と柳先輩に毎日補習されたんスよー、マジありえないッスよねー」



小声気味だが、その時を思い出したようにゲンナリした口調で話す赤也。



海岸でキスしてたとこ――しかし、その言葉だけが頭を回る。



期末期間、浜辺に寄り道した日。
それは、仁王の誕生日を目前に控えた11月の終わり。


誕生日は何が欲しい?と聞けば、楽しそうに「ブン太」と囁かれ、照れながらも抱きついてキスを交わした。


まさか、あの日それを後輩に目撃されていたとは――



「…だから幸村先輩が気ぃ遣って、先週のクリスマスには2人呼ばなかったんスよ?」


黙り込んでしまったオレは、更に続けられた一言に固まった。



毎年仁王の誕生日は、期末試験最終日と重なる為、早めのクリスマスと兼ねて、レギュラーで集まりお祝いしていた。
引退した今年は連絡もなかった為、みんな高校に向け忙しいのだろうと特に気にも留めていなかった。


それに考えてみれば、今月は幸村くん達とはほぼ顔を合わせる事もなかった。
部活も引退し、テスト明けからは授業も昼には終わる為、クラスが違えばそんなものだろう。




「ブン太先輩も仁王先輩もモテるのに、全然彼女の噂聞かないから不思議だったんスよねー。あのジャッカル先輩だって、引退した途端彼女出来て学祭ん時は見せびらかせて回ってたのに」


まさか皆、2人が同性愛者なホモだったなんて思ってなかったっスよ。俺ちょーショックっス―――










“ドウセイアイ”
その言葉に、胸がズキンと痛んだ。



「ちがっ!オレは、」

立ち上がろうとして、思わず手にしていたペットボトルを落としてしまった。


しかし、赤也のこの一言で理解した。
顔を合わせていないのではない。
クリスマスにオレ達を呼ばなかったのも、避けられていたから。
みんな、オレと仁王を除けていたんだ――


ケラケラと話していた赤也は、何も言えず、動けないオレに、「だって男同士って考えただけでキモいっスよ。…普通ありえないっしょ…俺らには理解出来ないっス…」と、嫌悪を含めて呟くと練習に戻っていった。



コートに目を向けると、仁王はかつてのレギュラー達と試合をしている。
オレは気付かれないよう、1人テニスコートを後にした。








歩きながら頭の中を過るのは、仁王の事。


入学当初からお互いに目立つ頭をしていて、何かとセットで話題にされたりもしていた。
いつの間にか一緒にいるのが楽しくて嬉しくて…オレは仁王に恋をしていた。


男が男をと悩んだりしたけど、玉砕覚悟で中一のバレンタインに告白し、返事をもらったのはホワイトデーだった。

朝会った時から、「帰りに話がある…」と言われ、ただでさえ1ヶ月も待ったのだ、一日中緊張していた。

しかし、予告をしておいて黙ったまま歩き続ける仁王にイラつき、奴の襟足の髪を引っ張ってやった。
イテッと顔を歪めながら振り向いた、焦ったような表情は初めて見た。
そして俯いてしまったまま、「…ブン太の気持ちホント嬉しかった」そう言うと顔を上げ「…俺も、お前を好いとうよ。俺には、ブン太みたいな勇気出せなかった」と、優しく笑ったかと思えば腕を引かれ抱き締められた。



4月のオレの誕生日には、地元から離れ東京に出かけた。
慣れない人の多さに歩きにくさを感じたけど楽しかった。
その時プレゼントしてもらった、自分達のイニシャルが入った色違いのストラップは、この日以来ずっと携帯に付いている。



先輩達が引退する直前の夏休み。
2人して浴衣を着て花火を見に行った。
浜辺を賑わう人混みの中、差し出された手を握る事に戸惑った。

確か、この日だ。
一度だけ仁王に、『周りにバレたらどうする?』と聞かれた事がある。


この時オレは、何て答えたっけ?―――自分の言葉に涙が出る。



初めて迎えた仁王の誕生日は、1年の時同様に部活仲間とクリスマスと兼ねてお祝いした。

2人だけで過ごせなかった事を残念がると、付き合う内にキスだけでは物足りなくて、仁王に抱かれたいと思ってしまっていたオレを見透かしたように、「…じゃあクリスマスに、」と誘われて、恥ずかしさよりも仁王も同じ気持ちだったと言う喜びが勝った。



3年B組に自分達の名前を見付けた時は嬉しい反面照れくさくなった。
それでも、最高に楽しい1年になると思った。



付き合い始めて2度目のオレの誕生日は、仁王の家でケーキを食べた。
しかも仁王の手作りで、あまりに不恰好なそれは正直あまり美味しいとは言えなかったけど、何より仁王の気持ちが嬉しかった。



部活では、部長の幸村くんが病に倒れ、一時戦線離脱と言う予想外の事態もあったけど、それでも自分はベストを尽くしての全国2位と言う結果に悔いはない。



そういえば、喧嘩もした。

1番長引いたのは確か…関東大会の前だ。
仁王が柳生にばかり構い始めた時期があった。
あれが、入れ替わる為のコミュニケーションだと思いもしなくて、その嫉妬を思い切り態度に出してしまったのだ。
我ながら子供っぽい。
それでも仁王は、仲間さえ騙す為にいつまでも飄々としてたな…。
あ、オレが一方的に無視してたのか…。
だけど大会で発覚した後は必死に謝られたっけ。

仲直りに、と家に呼ばれ、抱き合った後、あの夜仁王の部屋から見た空が、キレイだった。
月の隣で輝く星が、羨ましいと思った…朝になるのが憂鬱だった。







オレ達2人の関係が、バレる事なんて怖くなかった。

だって、好きになった人がたまたま同性だっただけの事。

オレは、仁王雅治と言う人間を好きになっただけ。


ただずっと、一番怖かったのは理解してもらえなかったら…という周囲への不安――



だけどやはり現実は、理解してもらえるだろうと思っていた仲間達から、オレ達は嫌悪を著わに否定され、拒絶された。


そして何より、俺達の世界が狭すぎた―――それが。



それがきっと、オレが終わりを選んだ最大の理由――





潮風が冬の寒さを助長する。
こんな時期に、海に来るやつはそうはいない。

携帯をポケットから取り出す。
真っ先に目に付いたのは、オレのイニシャルが入った白い革のストラップ。
仁王の携帯には赤い革のが付いている。
いつでも一緒――と、誕生日に貰ったプレゼント。


携帯を開き、メール画面を打つ視界が滲む。
そして、送信を確認してオレは……


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