月は太陽に恋をした@

そしてまた、ひまわりが咲き誇る暑い夏が来る。



夏は、嫌いだ。



太陽を見上げるあの花に、夏の太陽に、アイツを思い出して苦しくなるから。





――月と太陽――






「もうすぐ夏休みも終わりかぁ…先輩らが引退したらさ、早速全国三連覇に向けて幸村くん達が本格始動だろうな。1年は何人ぐらいやめっかなぁ」



チャリの荷台から、アイスを食いながら、イタズラっぽい声が聞こえた。



今は部活帰り。
俺はさっきから漕ぎ続けて汗だくだと言うのに、その言葉に今日の練習を思い出し、ますます疲労が増した気がした。



「オレ、夏が1番好きなんだ。夏休みあるし、アイス旨いし、かき氷もすいかも、たこ焼きや綿菓子にりんご飴も食えるじゃん!」


そんな俺の心境はお構いなしに、きっと上機嫌な顔で話してるだろう事は想像が付く。


が。


「見事に食いもんばっかだなぁ。…たこ焼きや綿菓子とりんご飴は違うじゃろ」


「バカだなぁ仁王は。夏祭りだよ!夏と言えば祭りだろぃ」


俺の言葉に呆れながらも、さも当然のように得意気に返された。


イベント事の好きなブン太らしい理由だ。



「…けど」


オレ…ホントは太陽みたいなひまわりの花が好きなんだ。だから、夏が好き―


肩に置かれていた左手に力が込められ、照れたような言葉が聞こえた。



「ブン太にも風情がわかったんじゃなぁ」と返せば、アイスを食べ終えた右手で髪を引っ張られ、危うく転けそうになった。









「じゃ、ブン太、鍵開けといて」


「オーケー」


鍵を渡すと、俺が自転車を停める間、慣れたようにブン太は玄関に向かう。


学校帰りにブン太が俺の家に立ち寄るのは、もはや当たり前だった。



俺達は、いわゆる恋人の関係だったから。


それでも、家族はもちろん、部活内のメンバーも、誰もこの関係は知らない。





付き合うきっかけは、今年のバレンタインにブン太から告白された事。

入学当初から、あの真っ赤な髪はよく目に付いた。
そしてクラスは違っても、学校に慣れるにつれて、部活でもよく話すようになり、家が同じ方向だとわかり登下校を一緒にする事も増えた。



気付けば、惹かれていた。


それでも同性と言う事の戸惑い、そして世間体が邪魔をした。


そんな葛藤の中、いつものように2人で下校していると、会話がなくなった瞬間に、
「…に、お、あのさ、オレ…好きなんだ、仁王の事…、友達じゃ、なく…」
と小さな声が聞こえ立ち止まった。
驚いてブン太の方を見ると、顔を紅くして俯いていた。

潮風の冷たさが心地よく感じる程、自分の顔も熱くなったのを覚えている。









「そういや、来週海で花火大会あるよな」


何か旨い屋台あっかなぁ。と、部屋に入るなり思い出したようにブン太が口を開いた。


「そいやー貼り紙あったのぅ……2人で浴衣でも着て行くか?」


「うん!」

問えば、満面の笑みでブン太は頷いた。





いわゆるデート、の誘いはいつも向こうからだ。
と言うのも、俺が流行りやイベント事に無関心なのもあるが、交際を隠してる為、正直どんなデートをしていいのかがわからなかった。


しかし、告白してきた勇気もそうだが、ブン太は素直で大胆だと思う。
それに、一緒にいるだけで明るい気持ちになれる、そんな存在感と安心感があった。






俺達の学校、立海大附属中は、その名の通り海の近くに創設されている。

そして毎年、学校近くの海岸沿いにはひまわりが咲き誇り、夏季限定のちょっとした観光スポットが出来る。


花火大会は、その脇の海岸が会場だった。



だが今はもう、8月も下旬に差し掛かっている時期だ。
海岸のひまわり達も、種を落し、すっかりうなだれてしまっていた。



「せっかくなら、こいつらが満開の時にやりゃいいのになあ」


そんな花達を見てブン太が言った。


ひまわりが好きだから夏が好きだと言っていただけに、何だか淋しそうで。


その様子に手を差し出すと、指先だけを掴まれた。

賑わう人混みを気にしての事だろう。

そのまま歩きながら、「何でブン太は、そんなにひまわりが好きなんじゃ?」と聞いてみれば、「…ぜってー笑うなよ?」と前置きした後、「…ガキの頃から、毎年背比べしてたんだ。けど必ず負けて。それに、あのデカく開いた花が、いつも太陽だけを目指して空を見上げててさ。向上心みたいっつーか、何か格好良くね?」

だから、ライバルで目標っみたいっつーか。そんでオレ、髪赤くしたんだぜ?金パじゃ普通過ぎるし。


と、恥ずかしそうだがブン太らしい答えが返ってきた。


「ブンちゃんは髪真っ赤だし、どっちかっつーと、太陽みたいやね」


思わず漏らした言葉には不服そうな声が聞こえた。


だけど俺には、一緒にいて常に温かく前向きな気持ちにさせてくれるブン太の存在は眩しい。

あの笑顔が。
勝ち気な性格が。
赤い髪が。

丸井ブン太が、大好きだった。
ブン太は俺にとって太陽みたいだと思った。



屋台を回って浜辺を歩いていると、妹と来ているらしい柳生に会った。
声をかけられる直前、それまで掴まれていた手が慌てて離された。
僅かに汗ばむ指先が、急に冷えた気がした。
会話中、妹に急かされると、「失礼します。」と申し訳なさそうに柳生が去ってからは、手はもう掴まれず、歩調を合わせながら歩いた。



「なぁ、ブン太。もし…俺達の事が周りにバレたら、どうする?」


ずっと、気になっていた事。
自分でも、ブン太に惚れるまで同性同士なんてありえないと思っていたから。


ブン太が立ち止まった。
「………とりあえず、部の奴らは平気そうじゃね?何か、わかってくれそうな気がする…。幸村くんなんて、男にもファンみたいな奴らいるし」
少し不安もあるのか、俯きながらそう返ってきた。


そうやの、と明るく答えると安心したのか嬉しそうな顔が見えた。


俺自身、不安だった。
だから、ブン太の思いにホッとしたんだ。








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