ハンサムな彼氏。
「っ、うわぁぁ!」
仁王の首筋に冷えたペットボトルを押し当てると、大きな声と共に身体を強ばらせた。
「……は?」
「…な、なんじゃあブン太か…」
「えぇっ?」
振り返り、犯人がオレだとわかると安心したように脱力する仁王。
普段とのあまりのギャップに驚きを隠せない。
「え、何、仁王ってビビり…?」
「…違うぜよ」
緩む頬を堪えながら聞いてみると、いつもの澄ました態度で否定する。
「ふーん」
「なんじゃい」
「別にー?…あ!あのドア勝手に閉じたり閉まったりしてる!」
「引っ掛からんよ、そんなん」
仁王ビビり説を確認したくて思いついた事を言ってみても効果はない。
「仁王」
「ん?」
―カシャッ
「…」
「…え、うそ!ヤバイの写ってる」
「や、ヤバイって何じゃ…早よ消しんしゃい」
おもむろに携帯を取り出し、撮影した写真を見て慌てれば仁王も釣られて焦りだした。
「仁王も見ろよ、マジでこれヤバいって」
これは確実に…そう確信しながら画面を向ければ仁王は反射的に目を瞑った。
「…は?」
しばらくしてソローっと目を開くと呆れた声を出した。
「俺?」
「そ。ヤバいっしょ、この仁王。ちょーイケメン」
「……な、」
「それにしてもお前がこんなにビビりとか意外過ぎて笑えるな」
「び、ビビりじゃないぜよ」
必死に見栄を張る仁王が面白くて、オレは一つの提案をした。
「…じゃあ、今度の休み遊園地行こうぜ!新しいアトラクション出来たみたいだしさ」
「……嫌じゃ」
「何でだよ」
「ブン太、俺が人混みと日射し苦手なん知ってるじゃろ」
「仕方ねえから、入場割引がある夕方からにしてやるよ」
「…行くの決定か」
「楽しみだな、2人でデート!」
乗り気でない仁王をその気にさせるこの一言。
「デートはしばらくしてないしのぅ」
予想通り口元を緩めた仁王は意外と単純だ。
普段部活ばかりで、しばらくデートらしいデートは出来てなかった。
別にオレは普通に買い物行ったり、近場で会うでも構わないけど、仁王はそういった形式じみた言い方や遊び方が好きらしい。
「デートしたい」と言えば真剣に行き先を考えてきて。更にはうまい食べ物屋なんかも調べてくる。
我ながらよく出来た彼氏だと思う。
こうして決まった、ビビりな仁王を楽しもうデート計画は当日を迎えた。
「あちぃな」
「…そうやね」
夕方の入園とは言え、日中の最高気温を考えると然程涼しくなる事はなく。
入園したばかりだと言うのにここに来るまでに疲れてしまった気分だ。
とは言え、閉園まであまり時間もないからアトラクションに向かう事にした。
「ブン太、どれ行きたい?」
「んー…これっ!」
園内マップを見て悩む素振りをしながらあるアトラクションを指差せば、隣にいる仁王が固まった。
「暑いしさ、まずは風を感じて涼みたいじゃん?」
ここの名物でもある絶叫マシーンを指差してニカッと笑うと仁王は見るからに青ざめている。
「お、俺もう汗ひいたし待ってるから乗って来てええよ…?」
返事をしたかと思えばやはり搭乗拒否ときた。
「せっかく2人で来てんのに1人じゃ意味ねえだろぃ」
「俺、ジュース買ってきて待っとるから…」
「いいって後で。久しぶりのデートだから2人で乗ろうぜ、な!」
「……」
見るからに逃げ腰になる仁王を強引に押し切って、待機列に並ぶ。
終始無言な仁王は搭乗が近付くにつれて足取りが重くなっていった。
マシーンに乗りベルトをつけて。
レバーが下がればいよいよ動き出す。
ワクワクしながら隣の仁王を見てみると、すでに放心しているようだった。
「仁王ー?」
「…たい、お…して、」
「え?」
ブツブツ何か言ってたかと思えば、マシーンが後ろにゆっくりと動き始めた。
坂を上っていく絶叫マシーン。
段々、頂上に向かっていく。
再び仁王を見ると今だに何か呟いていて、それはマシーンが降下を始めると絶叫と共に明らかになった。
「っお、っおおおぉろおおおしぃぃぃぃてぇぇぇぇっっっ!!!」
オレは対照的に、仁王のその様子に大笑いしたまま帰着したのだった。
「………帰りたい」
降りるや否や足のふらつく仁王をベンチに座らせると、疲れ切ったようにポツリと一言漏らした。
「何でだよ」
「あんな不安定なん乗りモンじゃないぜよ…」
「それが楽しいんだろぃ、仁王ってやっぱビビりなんだな」
「……ちがいますよ?」
「あからさまに違くね?」
今更隠さなくてもいいだろうに。
そう思っても仁王のリアクションが楽しいので次に行く事にする。
「じゃあ次は…これ行こうぜ」
「……」
「ほら、夏つったらお化け屋敷じゃん」
「…や、やめん?そういう場所って集まるって聞くし…」
「まあオレも苦手だけど、いざとなれば仁王が守っててくれるだろうし?」
無理だと言うのはすでに分かり切っている。
それでも「頼りにしてるぜ」と笑えば仁王もその気になるのだから扱いやすいやつだ。
結果は案の定、入って早々音響にビビった仁王の足が止まった。
そこからはもう大変。
手を引いて歩けば行く場所行く場所で力一杯握られて痛いのなんの。
普段テニスで鍛えられた握力はバカにならない。
途中振り返ると目も閉じていてそれじゃ歩けねえだろっ!って鼻にキスしたら目をまん丸くして驚いていた。
ニヤリと笑った仁王にときめいたのも一瞬。
その直後に現れたゾンビに顔を歪めて瞳が揺らいでいたのをオレは見た。
ようやく、本当にようやくゴール出来た時には仁王はまたも放心状態で、ベンチに座らせるとうなだれた。
「お疲れ」
「……」
「仁王?」
「……ブン太のア、っひゃ、ちょ…」
買ってきたペットボトルを首に押し当てれば変な声と共に顔を上げた。
「っぶ!」
その顔は涙腺が緩んだのか目尻が濡れていて、滅多に見れない表情をしていた。
「あーあ、イケメンが台無しじゃん仁王」
「…うっさい」
「怖がる仁王が意外過ぎて楽しいんだもん」
「…ブン太のドS」
悔しそうな仁王の声に悪い事をしたなぁとも思う。
だけど。
「いつもの仕返し」
ニッと笑ってそう言ってやれば呆れたように仁王も笑った。
「しっかし、ブン太に弱み握られるとかホンマ悔しいのぅ…」
「これを機会にこれからはオレを大切にしろよ」
「えー、ブン太焦らされる方が喜んでるじゃろ」
「喜んでませんー。んな事言ってると次あれ行くからな」
「…ごめんなさい、勘弁してくんしゃい」
園内で次に人気の絶叫マシーンを指差すと途端に仁王が素直になったのでまた面白い。
「仁王は要するに、ビビりなんだろぃ?」
「……ビビりです」
「ふーん」
意味深に答えたオレの様子を不安そうに見ている。
「まーたまにはさ、こんな風なデートでもいいんじゃねえの?」
「…そんなん、俺の格好つかんぜよ」
「いいんだよ。いつもと違う顔の仁王が見たいんだって」
「…えー、言ってくれりゃいつでも変装しちゃるよ」
「違あう!!」
なぜかカツラと眼鏡を持ってきていた仁王を止める。
「ブンちゃん、後であれ乗ろう」
そして楽しそうに笑う仁王が指差したのは大きな観覧車。
「せっかく久しぶりのデートやし、夜景見よう」
「え、高いとこ苦手なんじゃ…」
「プリッ」
結局、うまい具合にはぐらかされた気もするけど、乗ってる間握りしめられていた手の痛さと、頂上から見えた打ち上げ花火の迫力はきっと忘れないと思った。
おわり
仁王は幼少時にお姉さんから散々いたずらされてのびびりだと良い。
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