七変化

「なあ、ブン太」


「んー?」


「今日あじさい見て帰らん?」


「別にいいけど…珍しいじゃん、幸村くんみたいな事言いだすなんて」


HRが終わって、帰り支度をしていると仁王が声をかけてきた。


今日はあいにく朝からの雨でコートが使えない為部活は中止。
帰っても予定はなかったから仁王の誘いに乗る事にした。


仁王と花なんて意外過ぎて驚いてそう言うと、いつもの言葉で誤魔化されてしまった。









「で、どこ行くんだよ?長谷寺?」


昇降口を出て傘を開く。
今の時季、観光客の多い鎌倉の有名スポットかと思えば仁王は首を振った。


「まあいいけど」


特に気にするでもなく足を踏み出せば仁王が前を歩き出したので、着いていく事にする。









長谷寺ではないにしろ電車で行くと思っていた目的地は、海を渡り対岸の島に向かっていく。


「夏になったら今年も海水浴で賑わいそうだな」


島に繋がる長い長い大端を渡りながら、もうすぐ来るだろう暑い夏を思う。


「そうやね。まあ俺らは今年も海行く暇はないんやけど」


「…そういう事言うなよ!今年も水着のお姉さんと仲良くなれねえとかマジ無理」


「ははっ」


去年も一昨年も、夏は部活三昧だった。
夏は恋の季節だなんて言うけど、オレからしたら最も縁のない季節だ。
去年はこの橋や砂浜さえも走り込みさせられた。


「そういや仁王は彼女とか好きな奴とかいんの?」


「さあのぅ」


「別に隠さなくたっていいだろぃ、オレと仁王の仲なんだし」


つっても、部活とクラスが同じでわりと話すって位だけど。


「…まあ後でな」


「おう」





仁王と恋ばなと言うのも何だか違和感があるけれど、話してる内に橋を渡り対岸の島に着いた。



ここもしらすせんべえを始め湘南の名産品を扱う店が並ぶ為、観光客の多いスポットではある。
しかし今日は天気のせいか思っていたより人通りは少ない気がした。


「さて、行くぜよ」


それにしても、あじさいスポットなんてあっただろうか。
仁王の事だから隠れ家的な場所を知っているのかと少し期待しながら着いていく。


「さっきの話」


「ん?」


「…好きな子おるよ」


「へえ!」


仁王から打ち明けられた事に嬉しくて頬が緩む。
傘を差してるから気付かれてはないだろう。


「で、誰?クラスの奴?」


「それは秘密」


「うわぁ、気になる」


「まあ、そんでな。本当は今日、祈願しに来たんよ」


「はぁ?」


「ここの神社、縁結びにご利益あるらしくてな。一人じゃ効力弱そうじゃけ、ブン太も一緒にお願いしてくれん?」


「お前、なんつうか…健気だな。オレでいいなら協力するぜ」


そう言われれば、ここ江ノ島の神社は縁結びで有名だと女子達が話していたのを聞いた事がある。


あじさいを見るなんて、それらしい口実でオレを連れてきて、実は恋愛祈願がしたかったなんて仁王は余程本気でその相手が好きなんだろう。


仁王に促されて、二本が絡み合いハートの形を成す大きな銀杏の樹を見上げた。
ここに来た人達の想いがピンク色の絵馬に綴られていて、きっとみんな成就されているのだろう。


『神様、仁王の恋が叶いますように。変な奴だけど悪い奴じゃないんで。ペテン師なのもコート上だけなんで。だから、仁王の恋を叶えてやって下さい!』


幹に触れ祈願する間、思わず閉じていた瞳を開けて隣を見ると、少し雨に濡れた前髪を掻き上げる仁王と目があった。


「熱心にありがとさん」


そしてにこりと微笑んだ仁王に胸がドキリとする。


(は?え…いやいやいや…)


「そろそろ帰ろうか」


なぜか手を差し出されて素直に手を伸ばす自分がいて。


(うわ、ないって!ちょっと待て)


「足元、気ぃつけんしゃい」


「わかっ、て…うわっ」


坂を下る途中、足を滑らせたオレの身体は仁王に抱き留められた。


「…言わんこっちゃないのぅ」


「うっせ…」


仁王の体温を感じて、ドキドキしている自分がいて。


転がった傘を拾いたいのに身動き出来ない。


強くなった雨足で濡れた制服の冷たさが心地よく思う程、オレは火照っていた。


「…なあブン太、」
(待て待て、聞いちゃダメだ…!)


ドキドキドキドキ。
胸の鼓動がとても早い。


「俺の好きな子な、」
(わー!わー!わー!)


こんなに密着してちゃ伝わってしまっているかもしれない。


「ブン太なんじゃ」
(っ!!)


名前を呼ばれた瞬間、胸がキュウっとした。



そうして見上げれば、雨音がバタバタと傘に当たって、背中に降る雨が遮られた。


1つの傘の中、見つめてくる仁王の表情は何だか嬉しそうで悔しい。


「ブン太が好きじゃ」


「…即効性のご利益あると思わなかったぜ」


「そうやね」


クスリと笑った仁王が綺麗だったから、仁王の襟を引き寄せるとキスをしてやった。







おわり

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