青いリンゴ(幸ブン)
※小学生
4月とは思えない、雨の降る寒い日だった。
(…あれ?誰かいる)
テニススクールを終えて家に帰る途中、赤い髪の少年が公園にいた。
朝は降っていなかった雨の為、傘がないのかベンチのある小屋の中で膝を抱えているのが見えた。
「傘ないの?」
「!?」
何となく気になって声をかけると、雨音で人の気配にも気付かなかったらしくビクリと身体を震わせて顔を上げた。
その顔は俺より少し年下のようで、泣いていたのか目が真っ赤になっている。
「大丈夫?」
ハンカチを取り出し差し出すと彼はまた俯いた。
「泣いてない」
「そう」
「…」
「座っていいかな」
「…うん」
なぜだかこの子が気になった。
了承を得ると隣に腰掛けた。
「俺は幸村精市、この前2年になったばかりだよ」
「…丸井、ブン太。ボクも2年生」
同い年と言う事に嬉しくなって笑うと、涙を拭ったブン太も少し気持ちがほぐれたようではにかんだ。
「ブン太は学校どこ?一緒じゃないよね?」
「たぶん違う。神奈川第三」
「ふーん、ごめんね。わからないや」
「うん…幸村くんは近いの?」
「うん、南湘南。いつも登校班で行くからすぐ着くよ」
そんな風に、お互いの学校の話をしている内に、ブン太も少しずつ笑うようになった。
「さっきはどうしたの?」
「…っ、」
だけど、泣いてた事を思い出して問い掛けるとまた黙り込んでしまった。
「俺、絶対誰にも言わないよ」
「本当に?」
「うん、ゆびきりしよう」
小指を出せばブン太も同じように小指を出した。
「うん、この話は俺とブン太だけの秘密だよ」
力強くそう言うと、ブン太もようやく口を開いた。
「…ボクね、もうすぐ誕生日なんだ」
「うん」
「それで、今日はパパとママがおばあちゃんち行くって言うから、おじいちゃんに新しい車のやつお願いしたの」
「うん」
「…だけどおじいちゃん、『ブン太はもうすぐお兄ちゃんになるから』って『ママを手伝ってあげなさい』って」
『プレゼントなかったの?』
「うん…」
それで家を飛び出してきたら雨に降られてしまったのか。
「俺もね、お兄ちゃんなんだよ」
「え?」
「年長さんの時に妹が生まれてお兄ちゃんになったんだ」
「…」
「俺は妹を守ってあげなきゃいけないから、テニスを強くなりたいんだ」
「テニス…?」
「うん、ボールが相手のコートに返せると楽しいんだよ」
「…」
時々母親と一緒に練習を見にくる妹は、サーブが決まると小さな手で拍手をし、失敗した時は精一杯応援をしてくれる。
「それにね、妹が笑ってくれると嬉しいからもっともっとテニス上手になりたいんだ」
「…ボクもやりたいな、テニス」
「!!」
そんな俺の話に興味を持ったのか、ブン太の漏らした言葉がとても嬉しかった。
「やろうよ!俺もブン太と一緒にテニスやりたい!」
「だけどお兄ちゃんにならなきゃいけないから怒られるかも」
「大丈夫だよ!俺が一緒にお願いする!」
「うんっ!」
やっと、にっこり笑ったブン太の表情に俺も嬉しくなった。
その後テニスを始める事になったブン太とは、別々のスクールに通いながら切磋琢磨し、中学で念願のチームメイトになるのだった。
(幸村くん、何笑ってんだよ)
(んー?初めて会った時のブン太、僕呼びで可愛かったなって)
(…何年前だよ)
(それに、今みたいに泣いてて)
(…悪趣味)
(あの時から、俺はブン太が大好きなんだ)
おわり
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