春一番

憧れた光景があった。
それは2年前に見たある光景。



部活に入っていたオレ達1年も卒業式に参加した。
式も終わり、先輩達を見送った後昇降口で友達とダベっていた時だ。

部長だった先輩が同じく女テニの部長をしていた先輩の腕を掴んで足早に出て行った。。
女テニの先輩は泣いてたのか顔を手の甲で拭っていた。
部長もいつも見ていた厳しい表情ではなくどことなく照れていたように見えた。



あれカップル成立じゃん?なんて冷やかしたように言う友達の言葉が聞こえた。

オレも卒業式にあんな風に可愛い彼女の手を引いて中学を卒業したい。
幼心にとてもきれいなものを見たようで憧れを抱いた。

















卒業式も最後のホームルームも終わった放課後の教室。
母親と帰ると言う彼女を見送り、部室では後輩達から別れを惜しまれた。
何となくセンチメンタルな気分に浸りたくて、忘れ物したと言い訳をして1人抜けると校内での思い出に耽っていた。



最後の1年を過ごした教室に入ると、いつもの賑やかさがなかったみたいにとてもひんやりとした空間に思えて、更に寂しさを感じた。
さっきまで自分の席だった所に腰を掛けると、癖のように斜め前の廊下側最前の席に視線が向いてしまって、思わずため息が出た。





「…ブン太」


その時、名前を呼ばれるのと同時に後ろから抱き締められた。


「…!に、おう?」


よく知るその声に名前を呼べば奴は静かに返事をした。


「俺なブン太の事が好きじゃ」


「え…、好きって」


「いつも、ブン太の事で頭がいっぱいやった」


「…何で今日言うんだよ」


「今日逃したら言えんじゃろ」


仁王のいつもの飄々とした雰囲気ではなく、切なげにくる囁かれる声に腕を払えない。


「ブン太の事ばっか見て、考えて、悩んで…そんな中学も卒業したんにブン太への気持ち引きずって高校行きたくないんよ」


「……オレだって、ずっと仁王の事見て、考えて、悩んで…諦めようとした、から」


だからバレンタインに告白された彼女と付き合っていた。
仁王への気持ちはずっと隠したまま高校でも友人として、そう思っていた。
それに仁王には幸村くんがいる。



「…それに、幸村くんと付き合ってるんだろ?…キスしてたし」


「あんなん願い下げじゃ」


「え?」


バレンタインに偶然、幸村くんが仁王に告白をして、その後キスする場面を見てしまったのだ。


「幸村には告白されたけど付き合っとらんし、キスもしてない」


「うそ…」


「ホント。バレンタインに…ブン太が告られたの知ってへこんでたらあいつからかってきよった」


悪趣味じゃろ?なんて苦笑いする仁王に呆気に取られる。


「だから俺はブン太一筋の純潔」


「……純潔って、」


「…ブン太には彼女もおるし迷惑なら明日からは」


「そんなのイヤだ!」


仁王が何を言いたいかは予想が出来た。
遮って仁王に振り向けば驚いている。


「オレもお前が好き、だから…友達としてなんてイヤだ…」


そして俯けば仁王が笑いながら頭を撫でてくれた。


「おん。じゃあ改めて、これからもよろしくな…ブン太」


その言葉の後、額に触れた唇に顔を上げると仁王が珍しく照れていた。


釣られるように顔が熱くなった。









憧れた光景があった。
現実はオレが嬉し泣きして、しかも抱き締められる事になったけど。









(丸井センパイ泣いてるでヤンスー)
(バカ、あれはカップル成立だからめでたいんだよ!)
(へー…これでも失恋したわけだし?俺の前でイチャついたら…ねえ?)
(……!!悪寒がしたぜよ…)
(ヤベ、彼女に謝らねえと…)








おわり

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