輪
「おはよー」
「おはよーさん」
「へえ、意外とみんな集まってんだな」
「まあ、あんだけテレビで騒いどったら折角やし」
「だな」
「さすがに赤也はおらんけど」
「あいつ来てたら雨降って台無しだろぃ」
今朝はどの部活も朝練が中止になった。
と言うのも、100何年ぶりかに観れると言う日食のおかげだ。
学校では珍しく屋上を解放し、希望者はそこで観測出来るよう用意され、早めの登校を促されていた。
周りを見渡せば幸村くんや柳、比呂士にジャッカルもいる。
真田がいないあたり、あいつは自主練にでも励んでいるんだろう。
オレと仁王も、結局いつもと同じ時間ならと観測に合わせて登校したわけだ。
教師から手渡された観測用メガネをかけてみる。
正直真っ暗で何も見えない。
「仁王?」
「ここにおるよ」
別に不安になったとかじゃないし、視界が遮断されたから何となく名前を呼んだだけなのに、それでも手を掴んでくれた事に安心した。
「ブンちゃん、メガネ大きいんやね」
「しょうがねえだろー、つうかお前はどこのチンピラだよ」
メガネを外して隣をチラリと見れば、あの銀髪に真っ黒なメガネな仁王がいるわけで。
「こんな男前に失礼やね」
「バーカ」
そんなやり取りをしていると教師の説明が始まった。
ガヤガヤしながらもみんなの注目はそちらに移る。
「ブン太」
「ん?」
「こっち」
「え、」
静かに手を引かれると、みんながいる場所とは反対側にある給水タンクの裏に連れて来られた。
「ここで観よ」
「…うん」
何を考えてるかわからないけど、ここなら手を繋いでたって気付かれない。
「いいかー、まず下を向いた状態でメガネを付けるんだぞー」
そろそろなのか教師の声が一層張り上がる。
「外す時も太陽を直視しないように」
「始まるの」
「おう」
タンクの裏でオレ達もメガネをかけると太陽を見上げる。
さすが遮光メガネ。
暗さの中、太陽の明かりだけしか見えない。
「…俺の世界みたいじゃ」
「は?」
仁王の言葉に一瞬ドキリとした。
「俺から見たら、ブン太は太陽なんよ。太陽の眩しさだけしか目に入らんの」
「…」
「ブン太の眩しさに目が眩みそう。でも太陽はみんなのもんやから、独り占めしたらアカンやろ」
そう言って仁王の手が力強くオレの手を握る。
オレだって同じだよ。
オレの世界はお前中心に回ってる。
そう言ってやりたいけど、仁王は月みたいだ。
だから、何か違う気がする。
太陽は昼間の、月は夜の。
そんな2つが照らすのは、同じだけどまるで異なる世界で。
「あ、」
「え?」
「始まった!」
仁王の声に俯いていた顔を上げる。
メガネの向こうで、段々と月によって欠けていく太陽。
「オレは、あんなだよ」
「ん?」
「オレからしたらお前は月みたいで、お前の事ばっかりで侵食されてる」
「…そか。なら、同じやね」
「おう」
遠くから歓声が聞こえる。
月が太陽の中心に到達した。
「ブン太」
「ん?」
「今は、あれで勘弁してな」
「何を?」
「あのリングは、俺とブン太」
「バカ」
「いつか絶対あんなリングを贈るけん…だから、これからも俺と一緒におって」
「何、プロポーズ?」
いつの間にか後ろから抱き締められていて、クスクス笑いながら振り向いた。
「おん」
「んなメガネしたまま言うなよ、世紀の告白が台無しだぜ?」
「眩しいんやもん」
「太陽が?それとも…オレ?」
「そんなん、ブン太に決まっとる」
「…指輪、待ってるから」
「ん」
そうして仁王に抱きつけばメガネを外された。
視線が合えば、下がる瞼。
仁王の温もりを感じて、本当に幸せだと思った。
「今朝は日食すごかったね」
「ああ、やはり屋上からはよく見えたな」
「次はいつになるかわからないですからね。貴重な経験でした」
「俺もブラジルだったら一生見なかったかも知れないと思うと感慨深いな」
「先輩達わざわざ早く来たんすか?」
「たりめえだろぃ、いつもと同じなら観て損はねえし」
「えー俺その時間寝てましたよ」
「その時間に寝てたらお前さん遅刻じゃ…」
「やっべ…いや、一応間に合いましたって!」
「………」
「って、真田副部長?」
「……」
「おーい」
「…」
「精市、今日は何日だ」
「何日って5月21日だろ」
『あ!!』
「真田(副部長)、誕生日おめでとう(ございます)!」
「っ!…うむ」
おわり
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