卒業から始めましょう




卒業式を終えた俺達は、在学中何度も足を運んだ想い出の場所にいた。



「仁王、ボタンくんねえ?」


屋上から見えるグラウンドでは、卒業生や在学生など各々祝ったり哀しんだりしている。


「えっ、」


不意に紡がれた声に隣に立つ声の主を見る。


「オレ、仁王のボタンが欲しい…」


そんな俺を真剣な眼差しで見ながら言うものだから、思わず今まで耐えていた気持ちが出そうになる。


「丸井、それはつまり、…って自分はどうしたんじゃ」


しかし、言い掛けた言葉は丸井の出立ちを見るなり引っ込んだ。


「…あ、バレちまった?ほら、卒業記念にってボタン欲しがる子が多くてさー。全部あげちゃったからお前から貰って渡そうかなって」


『ボタンを欲しい』
昔から伝わる卒業式には恒例のやり取りだが、今の丸井は制服は愚かワイシャツのボタンまでほとんど取られていて下に着ているTシャツに羽織った状態となっていた。


「……俺のときめきを返しんしゃい」


同性同士、告白なんか出来るわけもなく、ただ何となく俺達は両想いだろうと言う確信は抱いたままダラダラとした友情を築いてきた。

だから、丸井がボタンを欲しがるとはいよいよそういう時なのか、と内心喜んだと言うのに。


「ウソだって!はい、これオレの第二ボタン」


しかしおどけて笑った丸井から渡された物を掌で感じると、戸惑いと感激で頷くしか出来なかった。
第二ボタンの意味を知らないわけではない。


「…お前は?」


黙ったまま掌のボタンを眺める俺に丸井が問い掛ける。
これは、つまり…。


「ボタンも嬉しいけど、俺はこっちのが欲しい」


「何…?っと、ネクタ…」


ポケットからはみ出ていたネクタイを引く振りをして丸井に近付く。


「…丸井の気持ち」


音にならなかった「イ」を飲み込むように、丸井に口付けるとすぐに離れた。


「っいきなり何すんだよ!」


顔を赤くして驚いた丸井はいつもより、可愛く見える。


「何って、丸井キス知らんの?」


「んな事知ってんだよバカ!」


「バカって、聞いてきたんそっちぜよ」


「うっさい!つうか、お前ズルいんだよっ!」


怒鳴り出したかと思えば抱きつかれた。
支えた後、丸井の頭に伸びかけた手は結局行き場をなくした。


「キスなんかで、自分は気持ち伝えたみたいな態度取るとか、マジで卑怯…」


「すまん…」


丸井の言葉で、俺はまたうやむやなまま逃げていた事に気付く。


「オレは!お前だから第二ボタン貰って欲しいんだってば!」


その言葉に心が温かくなって、そっと髪を撫でてやると丸井が顔を上げた。


「…じゃあ、俺からも丸井に卒業記念やらんとな」


不思議そうな顔をした丸井を抱き締めて、丸井にしか聞こえないように。


「俺の第二ボタン受け取って」


そう告げれば眩しい笑顔が綻んだ。






(え、で?ボタンは?)
(さっきのポケットん中見てみんしゃい)
(んー…あ!あった!え、お前コート上の手品師になんの?)
(…いや、ペテン師のままでお願いします)







おわり

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