ホットコーヒー
「はい、どーぞ」
お構いなく、そう笑ってテーブルに置かれたコーヒーを口に運ぶ。
幸村の見舞いの帰り、あまりの寒さに震えていたら、一緒に行った丸井に「うち寄って何か飲んでけば?」と誘われた。
(!!……甘っ)
飲み慣れない甘さのそれに、思わず顔を顰めた。
「あ、仁王って猫舌?淹れたてだから気を付けろよー」
そんな俺を熱さのせいだと勘違いした丸井は、さすが長男と言うようなセリフを言う。
しかも、自分のカップには更にミルクを足しながら。
あまりの甘さに気になった事を聞いてみる。
「…丸井って、甘党?」
「んー?まー甘い物好きだけど普通じゃね?ハバネロチップスとか柿の種とかも好きだし」
一旦こちらを向いた視線をカップに戻し、ミルクを掻き混ぜながら「どうかした?」と聞かれた。
「…いや、何もない」
答えると、また一口、甘ったるいコーヒーを口に入れた。
「そ?…仁王がうち来るの久しぶりだよなぁ、夏以来?せっかくだしゲームやろうぜ!」
楽しそうな丸井に「そうやね」と返事をした後、俺は残りのコーヒーを飲み干した。
正直、俺はあまり甘い物を好まない。
基本コーヒーはブラック派だ。
そんな俺には嫌がらせではないかと思う程、丸井の淹れたコーヒーは甘かった。
それでも――この味を好きだと思った。
俺は、甘い物が大好きな丸井ブン太に惚れていた。
――――――
「前から気になったけど、仁王っていつもそれしか飲まないよな」
付き合い始めて数ヵ月過ぎたある日の放課後、教室の窓際にある俺の席で2人で話し込んでいると、缶コーヒーを持っていた左手を見てブン太にそう言われた。
それ、と言うのは砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーの事。
ちなみにブン太とは、夏に部活を引退してから付き合い始めた。
部活という繋がりが終わってしまって、クラスメートと言う関係が淋しかったのは俺だけではなかったらしく、何とブン太から告白されたのは驚きだった。
「甘いの苦手やしのぅ」
「えー、オレは無理だなぁ、ブラック…苦すぎて飲みたくねぇ」
「そぅ?うまいのに」
飲み終わった空き缶をごみ箱に捨てながら答えれば、驚きの言葉が返ってきた。
「やっぱコーヒーっつったら砂糖は最低3杯は入れなきゃだろ」
「いやいや…(つか、いつもそんなに入れとったんか…!)」
席を立ちながら、何かに気付いたブン太が言う。
「…あ!でもお前、オレんち来るたびコーヒー飲んでるじゃん!」
「んー?ブン太が淹れてくれるコーヒーは、飲める」
そう言うと不思議そうな顔をした。
「ブン太が、俺のために淹れてくれる味だから。あれ、俺が甘いの苦手なの知ってて、ワザと甘〜くしてるんだろ?」
そう微笑んだら、顔を赤くして目を逸らした恋人が可愛い。
「ブン太の気持ちが溢れてて、ブン太の好きな物を共有出来てるのが嬉しいよ」
誰もいないのをいいことに抱き寄せる。
「ま、俺はブンちゃんのミルクのが今は飲みたい気分なんやけど」
抱き寄せたままわざと耳元で囁き、そのまま舐めてやれば
「……こっの、変態っ!」
と、思い切り押し返された。
かと思えば―――早く帰るぞ、と更に顔を赤くして足早に教室を出て行ってしまった可愛い恋人を追い掛けた。
おわり
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