美容師と客

丸井は肩を震わせた。

仁王が髪の毛に触れたからだ。


(やべっ…)

気恥ずかしさに視線を彷徨わせるも、それは鏡越しに見た仁王も気付いたようで、目が合うとぱちくりと瞬きをした後笑みを浮かべた。





「ブン太髪伸びたのぅ」

仁王にそう言われたのは数日前に会った時だった。

「…そう?」

「おん。伸ばすにもちょっと手入れせんとあかんよ」

家族で美容室を経営している仁王と知り合ったのは随分前だ。
初めて来店した時に同い年と知り意気投合して以来、仁王家の面々とはすっかり仲が良い。


「次の定休日うちおいで。整えちゃるよ。オカンも姉貴も留守だから気兼ねしなくてええじゃろ」


そして仁王とは、同性ながらに交際関係でもある。




そうして来店した今日この日。

シャンプー台に案内されて仁王から漂う甘い香りに、丸井の脳裏には先日の記憶が蘇る。


仁王と初めて、致したのだ。
何を、なんてそんな野暮な事は敢えて言わないが。


行為の間、終始優しく丁寧に愛撫を施され、繋がった瞬間には気持ち良さと幸福感に丸井は涙をこぼした。

初めての事に戸惑う丸井に仁王も焦れる事はなく、穏やかに優しく行為を進めた。

時折漏らす甘い声、涙で潤む瞳、赤く火照った頬、そして受け入れては締まる熱い体内。
五感すべてに与えられる丸井からの刺激に仁王も短く息を漏らすと共に果てた。




その情景を思い出してしまったのだ。


今自分の髪に触れている仁王の、この細く長い綺麗な指。
それがあの日あの行為では、自分でも触れた事のない箇所に触れ、さらには強烈な快感をもたらした。
それを思うと直視出来ないどころか触れられていると思うだけで身体が熱くなる。


「っ…」


カットをしている間の真剣な眼差しにも心臓は高鳴り通しだった。
カットした毛を洗い流し、ドライヤーをされる前のマッサージが心地よくて、いつものように視界を閉じた。
しかしその所為でますます行為がリアルに思い出されてしまい、慌てて目を見開くとその様子に仁王は笑った。


「…そんなに意識せんでよ…」


そして囁かれる仁王の言葉。


「俺も緊張しとるんよ、ブン太に触るの…」


「え」


「ブン太の反応が可愛すぎて集中出来んの…」


「バカ、…って、ちょっ!」


仁王が屈んだかと思えば、気配が近付く。


「っん…」


そして耳の裏を舐めて、丸井の声にニヤリと笑う。


「…な?」


「な?じゃ、ねえよ!アホッ!」


「シャンプー台で寝そべるブン太に意識しないわけないじゃろ…」


「…っ」


愛しそうに髪の毛を撫でてくる仁王の手。


「…バッカじゃねえの…」


赤くなった顔で鏡を見れば仁王と視線が合わさる。
そして覗き込んで来た仁王の顔が近付くと丸井も静かに目を閉じた。








「マサー、店で盛るんじゃないわよ」


「「!?」」


「ブン太くん、いらっしゃい」


「姉貴いつ帰ったんじゃ…つうか、覗きながらやっすいナレーションつけるなや…!」







おわり




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