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「ったく…」
机に広げた何枚もの色とりどりの紙を見てため息が漏れた。
「ここ大学附属だっつうの…」
卒業を間近に控えた今の時季、クラスの女子を始め校内ではある物が流行っていた。
普段然程面識のない相手さえもこの機会にと渡してくるのだから何とも記入に困る。
第一印象なんて覚えてないし、最後に一言なんて何を書けば良いやら。
況してや好きなタイプや相手の事なんて書けるわけがない。
―――書けるはずがない。
同性の部活仲間でクラスメイトが好きだなんて。
誤魔化すように見え見えのウソを書くのも嫌で、「食べ物をくれる子」と当たり障りなく答えて記入を済ます。
一言だってみんな同じように「高校でもシクヨロ」って書きゃ天才的だろうか。
ようやく書き終えた1枚目に再びため息を吐いた。
「サイン帳書いてー」
翌日も変わらず教室ではそんな声が聞こえる。
離れた席で机に伏せて眠る銀髪の想い人に視線を向ければ、同じように数枚の用紙が腕の下に挟んで置かれていた。
あいつはどんな答え方をするのだろう。
普段からはぐらかしたり騙したりしてる奴が正直に答えるとは思えない。
女々しいとは思う。
それでも仁王の事をもっと知りたかった。
「オレのもシクヨロ」
学校の帰りに極々シンプルなサイン帳を買うと翌日クラスの連中に配った。
これなら仁王だけじゃないからいいだろう。
中には「お前もかよ〜…」なんてうんざりしてるような奴もいたが気にしない。
仁王は不思議そうな顔をして受け取ると机からクリアファイルを取り出しさっさとしまい込んだ。
その中には、昨日の女子からの物が未記入で入っているのがチラリと見えた。
きっとオレのも同じように記入されないまま忘れられてしまうのだろう。
「…じゃあ、書けたらちょうだい」
いつになるかわからないけれど。
一言告げると自分の席に着いた。
放課後。
部活を引退してからは特にする事もなく。
学食で友人達とダラダラ過ごしてから帰宅していた。
そして今日も。
しかし忘れ物に気付いて1人教室に向かう。
「仁王?」
静かな教室の中に仁王が1人机に向かっていた。
緊張しながら声をかけるとこちらを向いた仁王はまたも目を丸くした。
「ブン太こそどうしたん?」
「忘れ物」
答えながら机に向かい、目的の物を手にする。
「じゃ」
なるべく平静を装いながら教室を出ようとしたが、それは仁王に呼び止められた。
「あ、待ちんしゃい。書いたぜよ」
そして差し出された紙は確かに今朝自分が渡したサイン帳だ。
「っ、さんきゅ」
返って来ないとばかり思っていた物がこんなにも早く返されて驚いた。
家に帰ってじっくり読みたいが、渡してきた仁王の様子は何かを期待している顔だ。
「何だよ」
「読まんの?」
「読むけど…家で」
どうして欲しいんだよ。
わけがわからずにいると「今読んで」と催促をされた。
手に持ったままだった書いてもらったサイン帳を眺める。
いつ見ても仁王の字は小さい。
ちまちまっとして筆圧の強い字をしている。
住所や電話番号を適当に書く事は想定内だ。
好きな食べ物、焼肉。
これは意外な気がした。
部員達で行くとオレと真田以外ほとんど食べないのに。
でも確かにいつもの弁当に対するより食ってたかな、そういえば。
他にも気になる項目はあるが、何より気になるのは…。
第一印象:
赤くて派手でやかましい
…そんなに嫌われてるのか。
「…ひどくね」
仁王は何も言わずにフッと笑うだけ。
哀しさに涙腺が緩みかけるが何とか堪える。
そして最後に一言は…。
ブン太の自信家なところ、嫌いじゃない。
高校も大学も一緒がええね。
食い意地とジャッカルの扱いは程々に。
「なっ、どういう意味だよおい」
涙も引っ込み問い詰めれば、やはり意味ありげに笑う仁王。
「書いたまんまぜよ。高校も大学も一緒で、食いモンやジャッカルより俺ん事考えて」
「…はぁ?」
「俺もブン太の事好いとるよ」
「え…」
「ブン太と一緒におりたい」
「……も?」
驚きで思考が停止する。
だけど聞き逃さなかったのは仁王が「俺も」と言った事。
震えて出た声は擦れていたが確かに聞き返す。
「おん。ブン太俺ん事好きじゃろ」
「…そりゃ、友達だし」
「…誤魔化すん止めて素直に言いんしゃい」
不貞腐れた仁王が可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みなのか。
嬉しいのと驚きとで頭がいっぱいいっぱいだ。
とりあえず、目の前にいるコイツに力いっぱい抱きついてやろうと腕を伸ばした。
おわり
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