アマレット

「仁王ー、これちょーうまい!ヤバイオレすげえ幸せ…」


「…安上がりやね」


女子達から貰ったバレンタインプレゼントを食べる丸井は、すっかり頬を綻ばせていた。

回りに漂う甘い匂いに顔を背けようとも、その幸せそうな顔を見ていたいと思うのだから自分自身末期だと思う。



「お前も貰ってたじゃん。食わねえの?」


「甘いの苦手やし…」


「ああー…勿体ねえなーその内損するぜ」


「んな大袈裟な」


相変わらずチョコやらクッキーやらを食べる手を休める事はなく。
会話の合間にも包装紙や空箱の山は増えて行く。



「これなんかは?コーヒー豆にチョコのコーティングしてあるやつ」


「…」


「お前コーヒーは好きじゃん」


「そうやけど…」


「……」


差し出されたそれを摘まんでまじまじと見つめる。
コーヒーもブラックを好む俺としては、このコーティングされているチョコが何ともネックだ。


「…食ってみろって、ちょっとぐらい」


やけに丸井がつっかかる。


「…」


仕方なく口に入れると想像した甘さは全くなく、寧ろ…。


「にっが…!」


口に広がったのはコーヒーの香りと香ばしい苦さだけではなく。


「マジ?」


驚く俺に驚いた丸井が同じように一粒口に入れると眉をしかめた。


「これは嫌がらせじゃろ」


甘党の丸井にこれは酷い。
気の毒に思いそう言うと丸井が顔を反らした。


「なん?」


「嫌がらせじゃねえって」


「は?」


「だってこれ、お前の事思って作ったって知ってる…」


「…」


何だ、丸井の知り合いからなのか。
そう思うと途端に切なくなった。


「俺宛てをお前さんに託すようなんは気に食わんのぅ…」


「…違うって」


「何」


か細い声で否定した丸井に視線を向ける。


「!?」


「…オレが…作ったんだよ、仁王に渡したくて…」


顔を真っ赤にしながらそんな事を言うものだから。
これが奴の嫌がらせではない事なんて一目瞭然。


「…仁王が、甘いの苦手だから…ビターチョコ使ったんだけど…」


「……」


「やっぱ嫌がらせにしかなんねえよな」


必死に苦笑を浮かべる姿が堪らなく愛しいと思った。
欲しくて仕方ない相手が自分の為にチョコを手作りしてくれたなんて。


「わりぃ…」


顔を俯かせた丸井の気持ちは見ればわかる。
今しかタイミングはないだろう。
いつ渡す?…『今でしょ!』なんて昨年流行った言葉が頭を過る。
葛藤する気持ちを後押しするその言葉に、俺は丸井の目の前に小さな袋を差し出した。


「…な、に」


「やる」


「え?」


顔を上げた丸井は目を丸くしている。


「…今日渡したくて用意したんやけど…なんつうか…」


手作りなんか出来るはずもなく。
況してや女性で賑わうバレンタインコーナーに立ち入れる度胸もなく。


「コンビニ袋ですまんけど…」


袋から取り出した物を見てますます丸井が目を丸くする。


「これ…」


「…ハッピーバレンタイン?」


「…バーカ」









おわり





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