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「おっ……ははっ、くすぐってぇ……」
突然聞こえたイヌカシの声に、紫苑は本から顔を上げた。
イヌカシも字の勉強のために、本を読んでいたはずだが。
「やめろって」
くすくすと笑いながら言うイヌカシを見て、紫苑は首を傾げた。ややあって、イヌカシの肩の上にその原因を発見した。
「何だ、ハムレットか」
紫苑もよく知る鼠が、イヌカシの首や肩を走っていたのだ。
「ハムレット?こいつの名前か」
「そう。悲劇が好きらしくてさ。君が今読んでるのも悲劇だから、読んでほしいのかも」
「へぇ……でも悪いな、おれは自分が読むので精一杯だ」
イヌカシがそう言っても、ハムレットは下りようとしなかった。チチッ、と一声鳴いて、今度はイヌカシが座っている椅子を上って、イヌカシの頭にちょこんと座った。
「おいおい……ははっ、あのペテン師野郎とは違って、こっちは可愛いもんだな」
「そんなことない」
紫苑がふいに言った。
「あ?」
見ると、紫苑は本を読まずにハムレットをじっと見つめて──いや、睨んでいた。










「可愛くなんてないよ」
「はぁ?」
珍しい、とイヌカシは感じた。いつも鼠やイヌカシの犬に優しく声をかけたりしている紫苑が、今はハムレットを睨みつけている──。
「どうしたんだ、紫苑」
「──何でもない」
紫苑はそう言って、本に目を戻した。しかしそれでも、イヌカシの頭上にいるハムレットをちらちらと見ては、眉を寄せる。
(……何なんだ…?)
チチッ。ハムレットだけは、何でもないように鳴いていた。










「──お前が読書なんて珍しいな、イヌカシ」
「!」
聞き慣れた、しかしあまり聞きたくない声がし、ネズミが現れた。
「……悪かったな、おれだって読書したい時はある」
ネズミはふふっと笑う。
「いい事だよ、そうやって少しは言語能力を伸ばせ。そしたら少しは頭良さげに見える」
イヌカシはその言葉に眉根を寄せたが、気にせず読書を続行しようとした。しかし、
「……何してるんだ、お前」
というネズミの言葉に、再び顔を上げた。
「はぁ?だから読書……」
「お前じゃない、こいつだ」
「?」
ネズミが指したのは、イヌカシの頭上で寝そべっているハムレットだった。
「……さっき上ってきた。下りねぇんだ」
それを聞くと、ネズミは柳眉を寄せて ハムレットを見つめた。
「……?」
それは先ほどの紫苑と全く同じ表情だった。
「イヌカシが好きなんだよ、ハムレットは」
溜め息混じりに聞こえてきたのは、ずっと黙っていた紫苑の言葉だった。
「ずっと離れないから」
「そうなのか?」
懐かれていることを知ったイヌカシは、嬉しそうに笑いながら ハムレットを手に乗せた。
チチッ。ハムレットも嬉しそうにイヌカシの手の平を駆け回った。
「チチッ、だってさ。可愛いな」
「……………」
ネズミは黙ってそれを見つめていたが、
「あ、おいっ!」
突然 ハムレットをつまみ上げた。
「お前 趣味悪いぜ、ハムレット。イヌカシに懐くなんてなぁ?」
「はぁ?おい、お前それどういう意味だ!!」
「そのままの意味だ」
「このっ……ペテン師野郎っ!!」
「他に言い返すセリフないのか?聞き飽きたんだけどな、その言葉は」
ネズミがそう言うと、イヌカシは言葉に詰まって黙り込んだ。










「……帰る!」
ようやくそう言って、イヌカシは背中を向けた。
「あ、気をつけてね、イヌカシ」
紫苑がイヌカシの背中にそう言ったと同時に、バンッ!とドアが閉められた。
「……相も変わらず単純だな」
ネズミが言うと、紫苑は肩をすくめる。
「どうしようもないな、ネズミとイヌカシは」
「それはお前もだ」
ネズミはそう言って、つまんでいたハムレットを自分の目の高さに上げた。そして、
「「──やれやれ。」」
ネズミと紫苑は、ほぼ同時に溜め息をついた。





この時、二人は殆ど同じことを思っていた。

(──本当、僕って、)
(──本当に、俺は、)


((どうしようもない奴だ──))





──こんな小さな鼠にまで嫉妬するなんて、

なんて、どうしようもない奴なんだろう。

END





[あとがきという名の言い訳]
何だこれ。グダグダにも程がありますな。幽斎姉さんのリクは紫イヌだったんですが……すいません! 話 わかりづらいですが、イヌカシにベタベタするハムレットに苛々するネズミと紫苑、みたいな感じです。
力量不足ですいません!


2008/10/16