「──何しにきたんだ、このペテン師キツネ野郎。」 「お前に会いに来た、って言ったら?」 ネズミがニヤリとしながら言うと、イヌカシは眉間に皺を寄せて、ドアを閉めようとする。 ネズミはそのドアに足を挟みこんだ。 「照れんなよ。」 「黙れさっさとその足をどけて帰りやがれ。」 「別に、世間話くらいいいだろ?いつもあの紫苑に頭 痛めてんだ、息抜きにさ。」 「………………。」
「何で!おれが!お前の!世間話に付き合わなくちゃならないんだ!」 「と、言いながらも ちゃんと茶を出してくれるんだな。」 ネズミはテーブルの鉄製のマグカップを持ちながら くすくすと笑った。 「………毒を入れてやってもいいんだぞ。」 「ということは、毒は入ってないってことか。助かるよ、イヌカシ。おかげで鼠に毒味をさせる必要が無くなった。」 「………………。」 イヌカシはネズミを睨みつけながら、ふたつのカップのそばにクラッカーを並べた。 「お、上等なクラッカーだな、俺のためにとっといてくれたのか?」 「死ね。」 そう言いながら テーブルにつくイヌカシに、ネズミは震えながら笑いをこらえた。
「だいたい、お前本当に世間話に来たのか。」
「だから言ったろ、お前に会いに来たって。」
クラッカーに手を延ばしつつ、二人は会話を交わす。
「──まさか、食いもんに困ったからって、おれんとこの犬を盗りにきたんじゃないだろうな。」
「おいおい、俺はそこまで味覚は落ちてないぜ。」
「じゃあ何だよ。」
「お前に会いに。」
「聞き飽きたぜ、ネズミ。他になんか言うことないのか、え、花形役者さん?」
「──麗しの貴方にふさわしき言葉を届けに参上いたしました……ってのはどうだ?」
「今度は訳が分からない。」
「要はお前を口説きに来たってこと。」
イヌカシとネズミの動きが、同じ恰好でぴたりと止まる。
残り一枚しかないクラッカーに手を延ばした状態で、二人は会話を続ける。
「──お前は本当に訳が分からない。」
「そうか?かなり分かりやすく言ったんだけどな──それ、食えよ。」
「はぁ?お前が食えよ、お前に譲られるとなんかイラつく。」
「もとはお前のクラッカーだ、それに俺は、」
「何だよ。」
ネズミはフッと笑い、クラッカーに延ばした手をイヌカシの手に延ばし、それを掴んだ。
「………今度は何のつもりだ。」
イヌカシがネズミの意味深な笑みを見ながら 言った。
「こういうつもり。」
ネズミはテーブルにもう片方の手をついて 椅子から立ち上がり、何か罵ろうとしていたらしいイヌカシの唇を塞いだ。
「──それに俺は、クラッカーよりこっちがいい。」
ネズミはイヌカシの手を離しながら、先ほどの言葉を続けた。 イヌカシが黙ったままその手を振り上げる。
ひゅっ。
「おっと。危ない危ない。」
ネズミはイヌカシが振ったナイフを軽やかに避けた。
「出ていけっ!!」
「はいはい。」
ナイフを振り回しながら喚くイヌカシに、ネズミは肩をすくめる。
「じゃあな、イヌカシ。あぁ、それから」
ネズミはイヌカシのナイフを持っている腕を掴み、耳元で何か囁いた。
「...............。」
「────ッッ。」
ひゅっ。
バタン。
イヌカシがナイフを持ち替えて 振り上げたのと、ネズミが出て行ってドアを閉めたのは同時だった。
ガキッ。
錆びた鉄のドアに、ナイフが火花を立てて 跳ね返される。 「…………っ」 イヌカシはすぐさまドアを開けて、もう誰もいない廃墟の通路に叫んだ。 「───次 来たら絶対殺してやるからな!!ちくしょう、覚えてろ!!」
廃墟から隠れ家に帰る道で、かすかに聞こえてきたイヌカシの言葉に、ネズミはくすくすと笑う。 「──あんなに強気に言っちまって。そんなこと出来ないって、自分でも解ってるだろうに。なぁ、イヌカシ。」
「ちくしょう、ちくしょうっ!」 イヌカシは腹立ち紛れに壁を殴る。 「何なんだあの野郎っ!あんなことしやがってっ!」 テーブルの二つのマグカップと、一枚のクラッカーが目に入り、イヌカシはそれに向かってしばらく罵り続けた。 キィ、と音がして、開けたドアの隙間から、犬が一匹入ってきた。 「ちくしょう……あいつ何なんだよ……何がしたいんだよ……。」 イヌカシのそばに寝そべった犬は、チラリとイヌカシを見やって、目を閉じた。まるで、自分で考えろ、とでも言うように。
結局 口に入れる気になれなかった、最後の一枚のクラッカーを砕いて犬達にやりながら、ネズミが囁いた言葉を思い出す。 「──お前は、何がしたいんだ、何をするつもりなんだ、ネズミ。」 そして、おれは───。
『──俺と一緒に来いよ。俺達なら、この世界を変えられるかもしれない。』
意味深なネズミの言葉は、イヌカシの耳に繰り返し響いた。
END.
[あとがきという名の言い訳] なんか色々訳わからん。ネズミが何か計画を練ってる的な? で イヌカシをどうしても連れて行きたいみたいな。 ぐだぐだですよ、本当。 ここまで 見てくれた方、ありがとうございました。
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