本日の反転世界より



その日はいつもよりも穏やかで、執務室の机の上には珍しく書類の束が1つしかなかった。こことは違う領域にある反転世界に住むギラティナの主に、我々の反転世界からの瘴気が漏れていないか、などを確かめろという内容だ。勿論、その命令を下したのは我々の世界の主である黒影である。いつの間にかクセになった溜息をひとつ零し、僕は椅子から立ち上がった。

穏やか、とは言ったものの、相変わらずこの世界は黒で塗り潰されたような色をしている。表の世界を映す泡から放たれる光が、かろうじて周りの風景を僕の目に伝えてくれている。
屋敷の玄関先でぼんやりとその泡を見つめたあと、僕は翼を伸ばした。お前は創られた存在なのだと嘲笑われているような歪な翼だ。僕はこの翼があまり好きではない。
翼を二、三度軽く羽ばたかせ、空中へと身を躍らせる。人の身は何かと都合が良い。飛行距離は稼げないが、元の姿でいるよりも遥かに飛びやすいのだ。それに、あまり目立たずにいられる。僕は鞄の中の書類をぐしゃぐしゃにしてしまわないよう細心の注意を払いながら、別の反転世界に繋がるゲートを潜った。

少しの不快感の中、光に包まれる。その眩しさに目を瞑って、不快感が過ぎ去るのを待つ。そうした後には、僕らの世界とは似ても似つかないほどに綺麗な世界が広がっているのだ。構造はまったく同じなのだが、色が違う。この世界は黒に包まれてはいなかった。どこまでも青く澄みきった世界。僕はこの色が好きだ。だからこそ、別の世界へ向かう仕事に対して嫌悪感を抱いたことはない。
すん、と鼻を鳴らす。微かに感じる植物の香りに頬が緩んだ。この世界にはきっと、僕らの世界よりももっともっと美しい花々が咲き乱れているのだろう。――羨ましい。
だがそんなことを思っていたところで、現状はどうにもならない。今は自分のやるべき仕事をしなくては。僕は鞄の中の書類を取り出し、ページをめくる。

さて、僕が会わなくてはならないひとは…

  レイさんだ。

  リルドレスさんだ。


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選択式です。

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