金切り声を上げるばかりでは足りずに、手足をばたばたと狂ったように忙しなく動かす同居人を尻目に、仕事帰りに買ってきた今日発売の週刊紙に目を通す。
ああ、これ来週終わるのか。
面白かったのに残念だなあ、と左手の珈琲を一口啜る。
「カイリ、カイリ、カイリ ぃいいッ」
頁をはらはらと捲れば、コーナーを挟んで次の作品。
好きな作家の読み切りだと、ささやかな幸福に胸を弾ませる。
暫く見てなかったなあ、この人。
傾向、今回はギャグコメに変えたのか。
この人のバトルもの熱くて好きだったんだけど。あ、この扉絵いい。
「ィィイイ!!!!」
びりびりびりい。読んでいた雑誌が真っ二つに裂けた。
むう、と口を尖らせてそちらを見れば、全くの無表情でこちらを見る、津久井(つくい)と目が合った。
さっきまで目ぇひんむいて叫んでた癖に澄ました顔になっているのはご愛嬌。いつもの事だ。
「津久井くん、破れちゃったよ」
「うん」
「ほら直して」
セロハンテープと共に雑誌を手渡せば、彼は素直に受け取って直し始めた。
不器用にべたべたとセロハンテープを貼り付けて、二つに別れた雑誌を形だけ連結させていく。ああーあ。読めたもんじゃない。
それでも私は津久井くんを止めずにじっとそのさまを眺め続ける。
べたべたべた。べたべたぺたぺた。
半時間も経たない内に、セロハンテープでぐるぐる巻きになった雑誌ざ出来上がった。
「津久井くん、これなあに」
「直したんだ。あんたが直せって言ったから」
「そっか、ありがとう」
それだけ言って、テカテカ光りに反射する透明セロハンの塊(元・雑誌)を私はゴミ箱に放り込んだ。
「捨てるの?」
「うん」
無表情のまま、ゴミ箱をじいと見つめる津久井くん。
だってもう読めやしないもの。いらない。
すっかり薄皮になってしまったセロハンテープを床から拾い上げて、くるくると回す。
「ねえ。津久井くんも、セロハンテープでぐるぐる巻きにしてあげようか」
「巻かれたらどうなるんだよ」
「どうなると思う?」
こてん、と首を傾げて尋ね返せば、返ってくるのは暫しの沈黙。
こっちを見て、セロハンを見て、ゴミ箱を見て、こっちを見て、セロハンを見て、ゴミ箱を見て。
真顔でまた静止して、数えること5秒。
「捨てるんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
目をかっぴらいて、耳が痛い程の大声で叫ぶと、津久井くんは私に向かって飛びかかった。
抵抗するでもなく素直に後ろに倒れる。
津久井くんは私に跨がると、胸元に顔を埋めた。
聞こえてきたのは、すんすんという泣き声で、全く忙しないなあと辟易する。
「津久井くん、重い」
「カイリ、カイリ。嫌だ、ごめんなさい。捨てないで、捨てないでくれよ、なあ。あんたしかいないんだよ、あんただけなんだ」
「津久井くん、重い」
「捨てないで、なあ。捨てないで、いらない物扱いしないで」
観念して、くすんくすんと、涙をぼろぼろ流して訴える彼の頭をよしよしよしと撫でてやる。
暫く背中を擦ってやると、ものの数分も経たずに彼は寝てしまった。
ようし、もっかい週刊紙買いに行こう。まだ半分も読んでないのに、今週号を逃すなんて出来やしない。
壁にかかったコートをつかんで、外に出る。津久井くんの起きない内に帰らなければ、またうるさい。
早くコンビニに行って帰ってこよう。
レジ袋を引っ提げて帰路を急ぐ。
途中、警察や救急車とすれ違った。
近辺でなにかあったのか。
見れば、私のマンションの前に人だかりが出来ている。
中心にいるのは津久井くん。
あ、ベランダ閉め忘れてた。
情緒不安定
(勘違いもいいところ)
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モデルは例の柑橘系伯爵。
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