目が覚めて、最初に目に入ったのは奴の顔だった。
おはよう、なんて言って、いつもと変わらぬ屈託のない笑みを浮かべる目の前の女。
ただひとつ、平生と違うのは目の下に出来た隈だった。
彼女に握られた私の手には、チューブのついた針が刺さっている。
「...此処は何処だ?」
「SPW財閥の管理下にある病院。...変な気を起こすのはやめてね」
SPW財閥...。
成程、どうやら俺は承太郎に手酷くやられた後、奴等の管轄の病院に運ばれたらしい。
あの憎々しい野郎の顔が浮かび、思わず歯噛みする。
身体を覆う白が忌々しく思えた。
「くそ...」
「ダン、安静に」
「...分かっている」
彼女に諫められ、力んだ身体を弛緩させる。
「...どれくらい私は眠っていた?」
「二日半、それはもう死んだように」
死んだ、という言葉に思わず顔をしかめると、カイリはくしゃりと微笑んだ。
「...生きてて本当によかった」
そう言った彼女のその表情に、私は言葉が出てこなかった。
どうしてコイツはそんな顔をして、生きていてよかっただなんて、私に笑いかけるのだろう。
何故、こんな隈が出来る程に私の手を握っていたのだろう。
掛け値無しの、その純粋な行為にどうしようもない心地よさを感じると共に、胸が締め付けられる思いがした。
その複雑な感情の板挟みに、どうしてよいか分からず、私はカイリから目を逸らす。
「...すまなかった」
口をついて出たのは謝罪の言葉だった。
彼女は一瞬きょとんとし、一拍を置いてふふっと笑った。
「何がおかしい」
「だって、ダンが謝るなんて初めてだったから」
口元に弧を浮かべたカイリは、握った私の手を自分の頬へと擦り寄せた。
「あったかいね」
「...生きてるからな」
「うん、知ってる」
手の甲から伝わるカイリの体温と、窓から射し込む日射しの温かさが気持ち良くて私は目を細める。
「カイリ、」
「うん」
「愛してるよ」
「知ってる」
カイリの掌の中を抜け出して、そっと彼女の頬に手を這わせる。
「お前はどうなんだ?」
「言わなきゃ分からない?」
「あぁ」
クスクスと、互いの笑い声がこの白い部屋に反響する。
「愛してるよ、ダン」
「知ってるとも」
世界で一番愛しい君へ
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