タブレット

息も切れ切れに飛び出したそこは、見慣れたテレンスのあの整然とした部屋ではなかった。

「...は?」

口から気の抜けた声が出る。興奮は冷や水でもかけられたかのように一気に醒めた。嘘だろ、何処だよ此所。

俺が出てきたのはどうやら何処かの店の裏口らしい。
店の人間に気付かれぬようそっと汚れたアルミのドアをしめて外に出た。

呆然とした気分で辺りを見渡せば、そこはやはり何処とも知れぬ外国の地のようで。行き交う人々の話している言葉は英語ではないようだし。本当に何でこんな場所に出たんだ。

ガチャン!!

近くから聞こえてきたガラスの割れるような音に、思わず肩が跳ねた。

続いて怒鳴るような声が響く。
それはどうやらこの裏手からしているようで、なんだなんだとそちらに回ってみた俺は開いた口が塞がらなかった。

「ダニエルさん!!?」

飲食店らしい店の一角。
チョコレートやらトランプがぶち撒けられたその横、テレンスの兄であるダニエル・T・ダービーその人が倒れているではないか。
慌てて走り拠ると、目を剥いて意識をあらぬところに飛ばしているらしいダニエルさんの胸ぐらを掴んで引っ張り起こす。
状況から瞬時に事のあらましを悟った俺は、ダニエルさんに平手打ちをかました。
加虐癖に目覚めたわけではない。ダニエルさんの天に旅立とうとしている精神をこっちに引っ張り戻すためだ。
恐らくダニエルさんは承太郎に負かされてすぐだ。

ダニエルさんの仲間であろう近くにいた人間に水を持ってこいと声を荒げる。
俺の必死の形相に気圧されたらしいそいつが慌ててカウンターまで駆けていくのを横目にダニエルさんにビンタ。ビンタ。ビンタ。

「っ、カイリく...!?」

何かダニエルさんが言った気がした。戻ってきてくれとの一心でまた平手打ちをかまし、受け取った水を顔にぶっかける。

「カイリく、起きてる!もう起きてるから!」

これでもかと、振り上げたその手をダニエルさんの悲鳴が止めた。

「ダニエルさんッ...!」

こちらを何故か怯えた様子で見つめるダニエルさんに、勢いあまって抱き付く。
よかったあああ、ダニエルさんが完全に逝っちゃう前に呼び戻せて!!

「カイリ君、少し苦しい...」

「あ、すいません」

抱き締めていた手を離すと、ダニエルさんはよろよろと立ち上がった。肩を貸そうとする俺を制し、エキストラの人間達に何かを告げに行くとまた此方に戻ってきた。

「さて、じゃあ少し場所を変えようか」

「あ、はい」

水を持って来てくれた先程の男に軽く会釈をして、俺はダニエルさんの背中を追いかけた。











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