「わたしはさっきまで、昼寝、していたんだ、するとだな、夢などを観るわけだ、夢の内容はこう、わたしは野原にキミと遊んでいるのだ、楽しく幸せに、空は穏やかに青く、野原には一面にたんぽぽが群生していて、でもそれは黄色じゃない、白いんだ、何故かと云うと、そこにあるたんぽぽはみんな綿毛になったたんぽぽだからなのだ、一面まっしろ、わたしたちははしゃいでいた、ふたりで、所謂鬼ごっこを、昔はよくやったがいまはまったくやらないあれをしたんだ、どうかしているとも思ったが、何故か、何故かね、わたしは涙が出そうなほど幸せな気持ちで、走るキミの背中を追い掛けたんだ、次第にキミとの距離が近くなって、わたしはとうとうキミの肩を掴んだ、キミは、あっ、と声をあげて、よろけて、地面に倒れ込んだよ、わたしも道連れにしてね、ぶわりと、沢山のたんぽぽの種が、ふわふわした綿毛の力を借りて舞ったよ、キミはまっしろなふわふわな綿毛に埋もれるように、仰向けに地面に倒れていて、わたしはそういうキミの顔の横に両手をついて、キミを見下ろすみたいに覆いかぶさっている、あっこれじゃあまるで、って感じに、そして、たんぽぽの花弁の色とはまた違うキミの目の色、きょとんとわたしを見上げる顔、辺りは静かで静かで、わたしたちとたんぽぽの綿毛、幸せだと思った、キミが笑っている、ただ、少しかなしそうに、そこで…ちょっと場違いなのだが、何故かわたしは不意に左耳の内側がかゆくなった、顔をしかめたわたしをキミが不思議そうに見上げて、わたしは自分の耳に触れた、耳のなかに何かあった、つまみ出すと、たんぽぽの綿毛の束だった、大方、さっき倒れ込んだときに入り込んだのだろう、キミはそれを見てまた笑った、わたしは幸せだった、そして、指でつまんでいた綿毛を吐息にのせて飛ばそうとした時だった、綿毛が、小さな綿毛がだぞ、きゅうにむくむくと何十倍もの大きさになって、ああ、あれには驚いた、綿毛は急に、本当に急に、たんぽぽの花に変身したんだ、何本ものたんぽぽの花に、わたしはやはり驚いた、いや、その変身にじゃない、それこそ驚くべきことなのだろうが、わたしは別のことに驚愕したのだよ、たんぽぽの色にだよ、どんなって…それはもう、わたしの知る限りの言葉では到底名状しがたい色だ、神々しいまでの、黄色だ、あのまっしろな世界に、キミの目に似た黄色…、わたしはこの花束こそキミに渡したいものだったのだと確信して、キミの顔を見つめ、ようとしたのだが、突如わたしたちの周りに、おびただしい数のたんぽぽの綿毛が舞いだしたのだ、さっきまで風ひとつ無かったのに、可笑しいだろう、前が見えなくて、キミが見えなくて、それでもわたしはどうしてもあの花束をキミにあげたくて、それなのにそれなのに……………、そこで目覚めて起き上がったわたしは、だからこうして居ても立ってもいられず、花束もなしにキミの部屋を訪ねた訳だが、この如何ともしがたいかなしみをどうするべきか」


ガゼルはいつもどおりの平坦な声で、しかし舌端火を吐くが如く一声に述べた。オレの部屋の敷居の上で、オレの体をきつく抱きしめながら言った。幸い誰も通り掛からなかった。ガゼルの肩が、かすかにかすかに震えていた。オレは言葉をなくした。急にガゼルが顔を上げて、キスしても、と言って、うつろな目をして乞うので、頷く他に無い。キスは初めてではない。しかしこんな、すがりつくようなキスが、これまでにあっただろうか。からめとられた舌の根っこが痛くなる。ガゼルはひたすら、無いものをさがすかなしいひとといった風に、がむしゃらに、貪った。何度も角度を変えて、唾液を零して、息を乱して、オレだって息を乱して、ガゼルの背中に腕を回した。浮き上がった背骨に触れる。うっ、ううっ、キスの合間にガゼルの嗚咽が漏れた。オレは、かなしむことをしたくない。だからぼんやりと、思い描いていた。ガゼルが夢見た黄色いたんぽぽのことを。すげえ欲しいな、ガゼルの手から、と思うのだが、どうやってもそれをガゼルから受け取る日は来ないとわかっている。

だってそれは、夢だから。