「もしもし」

『ああ』

「きこえるか?」

『…ああ』

「風介?」

『わたしは、いま、とても感動しているよ、晴矢』


んな大袈裟な…しかし風介の声は確かに荘厳に響き、機械越しのややくぐもった言葉は一言一言ゆっくりと噛み締める様に呟かれた。ああほんとに感動したんだなァこいつばかだなおもしれえと思った。風介の奴は今日、生まれて初めて携帯電話を買った、使った。しかし初めての通話が、同じ屋内のリビングとキッチン間てどうなんだろうな、まあいいかそんなことはどうでも。


『晴矢、こちらへ来てくれないか』

「んだよ、こちらもなにもすぐそこだよバカ、もう切るからな」

『いや、その切り方がわからないんだ』

「あーもう、貸してみろよバカ」

「二度もバカと言ったなバカ」
『二度もバカと言ったなバカ』


携帯電話を耳に当てながらリビングへ向かうと、同じく青い携帯電話を耳に当てた風介がソファーにゆったりと腰掛けていた。携帯電話からの音声と、風介本体から発する声がだぶる。なにニヤニヤしてんだよ、やけに機嫌が良いじゃあねぇか。風介という奴は、ぴかぴかの新しい物が好きだった。


「綺麗にきこえる物だね」
『綺麗にきこえる物だね』

「うるせえな早く切れよ」


やたら楽しそうな声が二重に響く。いらっとしながら風介の右隣にぼふんと腰掛けた。風介の手ごと青い携帯電話を引き寄せて、無理矢理通話終了ボタンを押してやった。


「なんだ、もうおしまい」

「これからいくらでも使うだろ」

「一日に何回までならキミに掛けて良いのか、教えておいてよ」

「…用がないときは掛けんなよ」


なんだつまらない、じゃねーよおまえはストーカーか…いや違うよな?おまえストーカー違うよな?…多分。僅かばかり不安がよぎるってのはどうなの。


「ねえ」


さっき閉じたばかりの携帯電話をぱかんと開きながら、風介はオレの肩を引き寄せる。むっ、首を傾げると、風介の肩に頭をこてんと預ける形に…いやなにこれ。風介が浮かれてるのはともかく、なにこれ、オレ。


「キミから掛かってきた時、何色にひかるのが良い?」


肩を引き寄せていたはずの指が、今度はさらさらと、オレの襟足を撫でる。ぞわぞわ。なんだか急激に恥ずかしくなってきた、おかしいぞ、オレも風介も。


「べ…別に、あんたの好きな色で良いじゃねえか…見るのあんただし」

「何色が好き?」

「………赤に決まってんだろー」

「だろうね」


設定したよ、はいそうですか。


「掛けてみて」

「え、いま?」


右手でオレの耳を弄くりながら左手ではぱくんと青い携帯電話を閉じて、さあはやく、って、ええ、この至近距離でか。


「浮かれてるあんたはめんどくさいな!」


オレはポケットから赤いかっこいい携帯電話を取り出して、電話帳のページからさ行をひいた。はいはい通話通話。電話を右耳に当てた。


「ほら、綺麗だろう」


左側、急に耳元で囁かれたので、少し驚く。風介の真っ青な携帯の上部が、クリスマスのイルミネーションみたいに赤く煌めいた。確かに綺麗だった。みいってしまう。しばらく、青の上を滑る赤い閃光を眺めていたが、はっとなって、はやく出ろよと急かす。風介は渋々青い携帯電話を開いて、左耳に当てた。またつまらないと言う。なにがだ、なにが。


「もしもし?」
『もしもし?』


左耳から右耳から流れこむ、風介の声。うーむ。


「楽しいか?」

「とっても」
『とっても』

「あっそう」


左からも右からもくすくすと楽しそうな笑い声が聞こえてくらくら、した。何効果だこれ。


「晴矢」
『晴矢』

「…もう切る」

「待ってよ晴矢、最後に」
『待ってよ晴矢、最後に』


つ、オレの左耳に寄せられたのは風介の冷たい唇、そして、風介の青い冷たい携帯電話も一緒に。


「〜〜〜」
『〜〜〜』


左耳には吐息まじりに、右耳からは携帯電話からの大音量で。注ぎ込まれるように告げられた言葉に、オレはひどく赤面したのだった。携帯電話、恐るべし。