わたしはかなしくなった。バーンにはわたしと恋人同士になる以前に、二回もわたし以外の恋人がいたことがあったのだと、今日知った。つまり、バーンの三人目の恋人はわたしだった。以前の恋人とはみんな別れたのだと、バーンは、なんてことないように言った。
バーンの初めての恋人はわたしじゃない、それだけならわたしはかなしくならない。だって、いま、たったいま正に、バーンを愛するのを許されているのはわたしだけなのだから、過去のことはこの際どうでもいい。ただわたしがかなしくなったのは、バーンの昔の恋人が、私の知っている人間だったからだ。


「ひどいな、キミは」


わたしは、バーンの真っ白い足を持ち上げて、そのふくらはぎの曲線に唇をあてがいながらぼやいた。バーンは特に情動を見せることもなく、されるがままに、薄暗がりに浮かび上がる白い裸体をさらしていた。彼が沈み込んでいるシーツは白のはずなのに暗闇では青白く、むしろ肌の発光を引き立てるようだった。


「なんでだよ。もう、関係ないって言ってるだろ」


まったく悪びれない口調で、そのうえ拗ねているようにさえ聞こえた。


「気分が悪い」


彼のひそやかにきしむ肋骨を数えるように舐めつける。バーンが湿った溜息を漏らして、太ももをピクリとさせた。それは少し気分の良い光景だった。


「誰でもいいんじゃないのか、キミは」

「ばかいうなよ、ガゼル」


子どもをなだめるみたいな声だ。バーンは、うな垂れるわたしの頬を撫でて、髪の毛を掴んで引き寄せると、キスをしてくれた。とても情熱的なそれだった。わたしの冷たい舌に、バーンのぞくりとするほど熱い舌が巻きつくようだった。うまく丸め込まれようとしてる気がして、最初はすぐに拒んで見せたのに、気が付くとわたしは夢中で彼の舌を吸っていた。熱くてぞくぞくしてぬるぬるして気持ちが良い。わたしは頭がぼうっとして、バーンも少しだけ息を切らせた。やっと唇同士が離れた時には、彼の口端から透明な液が一筋伝った。


「あんたが一番だよ」


バーンはにやりと笑って言った。


「性格も顔も髪の毛も目玉も肌も爪も歯もぜんぶ、グランよりヒートより、あんたの方がずっと良いぜ」


わたしは嬉しくなった。先程の色気の無い単語の羅列に悦んでいいものかと逡巡しなくはなかったが、それでも嬉しくないわけはなかった。

「本当に?」

「ああ!オレはあんたの髪と眼が特に良いと思う」

私の下まぶたにバーンの細い指が触れて、綺麗、と言ってくれたので、なんだか照れてしまう。


「それと、ここもすごく好き」


バーンはそうも言ってわたしの脚の間の物に触れた。ひどく艶っぽい笑みだった。わたしは激しく欲情した。





欲情したままさんざんふたりで楽しんだ後、疲れたわたしはうとうとと眠りに就こうとしていた。
と、不意に、耳元で、シャキン、と金属のこすれあう音がした。ゆるゆると視線を動かして見ると、バーンが大振りのはさみをわたしの髪の毛にあてている。彼は、銀色の糸束を左手に持っていた。どう見てもわたしの髪の毛の切れ端だった。


「なに」

「あ、ごめん、起こした」

「それ、切った?」


わたしはバーンの左手を指差した。


「あんまり綺麗だったから、つい」


そしてバーンは、どこからともなく、透明な小袋を取り出してそれにわたしの頭髪の残骸を入れた。うっとりとそれを見つめている。


「あんたの髪の毛好きなんだ」


もしかして、あの小袋をバーンは宝物にしてくれるのかもしれないと思うと、わたしは勝手に髪を切られたことも気にならなかった。
バーンはひとしきり袋越しにわたしの髪の毛を眺めると、側にあった机の引き出しを開いた。バーンの愛用の机の引き出しには、先ほどと同じような透明な袋がたくさん、ところせましと綺麗にならべられていた。暗かったので、そのたくさんの袋に何が入っているのかはよく見えなかった。





わたしは思い出していた。ちょっと前に、ある日突然グランの左手の小指がなくなっていたことや、ある日突然ヒートが右目に眼帯をつけるようになったことなどを。