・連載の「聞こえる」とは別次元の大学生風介×高校生晴矢パラレル
・甘め




















「晴矢、これあげる」





飯も食い終わって、シンクの水溜めに沈めてある皿たちが息を潜める昼下がり。
風介んちの、何も無い(といったら語弊があるが、本当に質素でつまらない)リビングのソファで、いつもどおりすることもなく、ごろごろ屍と化していたオレである。
これまたいつもどおりそっけなくかけられた声も相まって、その時自分の手にぽいと渡されたそれがなんなのか認識するのに時間がかかった。
頭上にはてなを浮かべるオレをよそに、風介はと言うとすたすたと自室に入ってドアまで閉めてしまうし。その一連の動作はなんだか駅の改札を通るようなナチュラルさ。

随分昔、オレが初めてこのアパートを訪れた頃は今よりは構ってくれてた気がするなあと、妙にしみじみとした気持ちがふってわく。
いや、別にいんだけど。…いや、やっぱいくないけど…。

…さて、そのそっけない感じからして、先ほど手に握らされた何かはまた菓子とかそういう類のものだろう





と、たかをくくって、

いたんだけれど。





自分の手の中でキラリと光るそれを見た瞬間、久々に心臓がどくりと跳ねた。





「おい!!」

「なんだ、ノックしろといっているだろう」

「これ!!」


ものすごい音を立ててドアを開けたオレに、風介は露骨に顔をしかめた。でもオレはそれどころじゃない。
机に向かって何やら書類を広げている風介の目の前、本当に眼球の1センチ前くらいに、例のものを突き出した。


「んだよ、これ…」

「何って」





カギだけど。





さらっ。そんなこともなげに言われちゃ二の句がつげない。

…どうしよう。

得体の知れない興奮みたいなものが湧き上がって、手やら唇やらがわなわなと震えてくるのを感じた。


「いい加減に下ろしてよ。ささる」

「あのさ、」

「ん?」


風介の青緑の目に突き刺さらんとしていたそれ、鈍く光る銀色を、今度は自分の目の前に掲げてまじまじと観察する。

きらきら、きれいな、あたらしい。

でも、絶対見たことのあるかたちのカギ。鍵。


「ここの、玄関の?」

「そうだよ」


再び心臓がどんっと跳ねた。
対していやに落ち着いている風介はつくえに頬杖なんてつきやがって、変なカオだな、とかなんとかほざいている。
それでオレも何か言おうとするんだけど、ふっっ、と震えた情けない吐息が漏れるだけだった。

…どうしよう。

いい加減手のひらの中で熱を帯びてきた鉄のかたまりを握る力が、ぎゅっと強くなる。

胸の辺りが甘ったるく高揚していくのが止められ、ない。





……どうしよう!





「い、いいの?」





やばいやばい声おかしい。
でもしょうがない。
しょうがないってなにが。よくわからない。





風介は何も言わずにじいっとオレを見た。そして何を思ったのかはわからないけど、かすかに目を細めて、本当にかすかに笑った。
そんな事にもオレがドキッとしてて、余計に頭の中がぐるぐるしてしまうことなんて風介は知らないんだろう。…ずるい。

そんな風介は、机の上に散らばった紙を仕分けしながら、独り事のようにささやくのだ。


「開けたら締めて」


入るときも出るときも。

それだけだった。でもそれだけだったのがなんでか無性に嬉しくて、手のひらが痛むほど、それを握り締めていた。


「あり、がと」

「どういたしまして」

「…ちょっと、立て」

「なんだ、いきなり」

「いいから」


面倒くさそうに立ち上がった風介に、オレは渾身のタックル、じゃなくてちがう、思っきし、抱きついた。右手はきつく握ったままに。

みぞおちにぐりぐりと額をこすりつけると、犬みたい、だなんて失礼なことを言われる。風介いわく、この犬みたいな仕草がオレのクセらしいけど、よくわかんね。

ただ、わしゃわしゃとオレの頭を撫でる手がきもちよくて、握り締めたうすっぺらい鉄があんまり確かで。
こーしてこのひとのそばにいられるんならもう犬でも何でもいいやなどと思ってしまったあたり、オレも幸せに浮かれていたんだろう。