・連載の「聞こえる」とは別次元の大学生風介×高校生晴矢パラレル ・甘め 「風介、風介」 昨夜、目覚ましをかけた覚えはない。 そもそも、予定の無い日曜日の朝のために目覚ましをかける習慣は、…以前はあった気もするが、少なくとも最近は無い。 「ふーうーすーけー」 ならば、わたしを眠りから引きずり出そうとするこのやかましい音はなんなのか。 「ふーーすーーけーー」 伸ばすな。ただでさえ間の抜けた響きが、果てし無く滑稽に聞こえるだろう。 これ以上の責め苦に耐えられなくなってきたわたしは、不本意にも、しがみついていた眠りの渦から手を離した。 ゆっくりと、あるいは一瞬で、浮上していく感覚――― 「風介っ」 目の前にぴょこんと飛び出したのは、元気良く咲いたチューリップ、もとい、南雲晴矢。れっきとした人間である。 しかしまあ人間のクセに、日曜の朝から真裸でいるとは何事か―――前言撤回、かくいうわたしも日曜の朝から真裸で布団にくるまっている。 しかし布団ににくるまっているという点では常識的であると自負する。よもやベッドの上で、一糸纏わずに恋人にまたがっているこいつよりは。 まずこの4歳年下の恋人との雑事に、ムードなどというものを求めるのは、正に無いものねだりと言うにふさわしいことなのだ。 期待などしてない。もっぱら最近は。 「……朝っぱらから、元気だな」 昨日も激しくしてあげたのに。 などと、色んな意味で要らない、漫画的一言をそえてみたりする。 「おう、すげぇ元気」 ここで恥じらいのひとつでも見せれば良いものの、そんなサービス精神は微塵も発揮しないのがわたしの恋人の良い所である(多分)。 「それは結構な…ことだな…」 かすみゆく景色の中受け答えをしていれば、次第にまぶたが下がっていく。あ、と、これまた寝起きの耳にはキツイはきはきした声が上がる。 「ちょっと、二度寝禁止つってんだろ」 「やかましいな…わたしは疲れているんだ。寝かせろ」 「やだ、寝るな、怒るぞ」 「怒れば」 「なぁ、寝るなよ、見ろよあれ。すげえ良い天気じゃね?」 昨夜カーテンも閉め忘れた窓から覗く輝かしい青空。それをなぜか自慢げに指差す彼の目は、完全に、子どもの目だ。 ああ確かに良い天気だ。 だろ?でさ、 じゃおやすみ。 ………。 そんなそっけない会話に不満そうに唇を尖らせたと思ったら、しまった、かけ布団にもぞもぞと侵入してくるではないか。こうなると、彼は本当にしつこいのだ。すっかり惰眠をむさぼる気満々で瞳を閉じたというのに、二度寝への夢はついえたらしい。 しばらく布団の中でがさごそ音がして、気付けば、空席であったわたしの腕の中に(無理矢理)すっぽりと収まっている、彼のこの手際のよさ。 面倒で仕方なくもまぶたを開く。すると、恨みがましい双眸が、わたしの腕の中でわたしを見上げていた。 その顔の幼稚さと言ったら笑ってしまうほどなのだが…。 その顔に弱いわたしは…。 その顔がなによりも愛くるしいと感じてしまうわたしは…わたしは…。 ………。 「聞いてんのか風介ぇ」 なんだろう、このちまっこい生き物は。 …なんだろう。わたしをどうしたいんだろう。 わたしを振り回すその所作の数々も無意識らしいから、さらにたちの悪い。 そんなわたしの心のうちなど露知らず、無言のわたしに気を悪くしたらしい彼は眉をひそめる。どこか呆れたような、失礼極まりない盛大な溜息を吐かれてしまう。 と、思えば、急に甘えるようにわたしの胸元に額をこすりつけてきた。 なんだ、なんなんだこの生き物は。わたしをどうしたいっていうんだ…。 「どっかに遊びに行こーよー」 妙に甘ったるいくぐもった声が眼下から聞こえてくる。言うと思った。 というかなんだそれは。キミの同級生か何かの女子の真似か。 「いやだよ、歩きたくない」 「あぁ?なんだそりゃ」 「腰が痛い」 「それ俺のセリフじゃね?」 「そのとおりだ。だからキミも寝て過ごすべきだ」 「別に痛くねえもん。全然」 「ああそう」 「若いから」 「………ああ、そう」 そのしたり顔。ああ、失礼な奴だ。 それでもその顔だって可愛いと思ってしまうだなんて、完全に負けている。 観念の溜息。 「で、どこに行きたいって?」 って言ってやった途端がばりと顔を上げるんだから、調子の良いことだ。 寝不足の目には毒なほどきらきら輝かせた瞳。ああ、まぶしい。 「桜見たい桜。俺のガッコの近くの川原にさあ、一杯咲いてて、んで出店とかもあんの」 「要はおごれということかい」 「そうとも言う。だってバイトやめろっていったの風介じゃねえか」 「それは、カラオケ屋なんて危ないからっていう、わたしのこころづか」 「なぁなぁいいじゃん。とりあえず一緒に遊びに行きたいんだってば」 な? そう言って、こてんと首を傾げられたら、もう、うんともすんとも言い難い。 きっと今日は多大に出費するに違いない。なにせ、キミが思うよりもずっと、わたしはキミに甘いのだ。 とりあえず熱を持った顔面を冷ますために、愛すべきチューリップに顔をうずめた。 |