・浜野×速水
・速水が電波




















浜野くんは宇宙みたいなひとです。


「…浜野くん」

「んー?」


深くて青い、まるで宇宙のようにきらきらする海に、またふたりでやって来たのでした。太陽の高い、昼過ぎのことです。
果ても見えない広すぎる宇宙のかたすみ、釣り糸をたらして、浜野くんはなにかをさがしています。おれはさがしません。何かをさがしている浜野くんの背中に体を預けて、じいっとしているだけです。いつもそうです。右のほっぺを浜野くんの肩甲骨と肩甲骨の間に当てる様にして、体操座りでいるだけです。
とく、とく、心臓の音がします。宇宙をさまよう浜野くんの背中は、なんだかいつもより広い。
あたたかみを感じながら、おれは続けて尋ねました。


「浜野くんは…好きですか?」

「うん?」

「…好きですか?」

「うん?」

「好きですか…?」


浜野くんの両目は宇宙の方ばかり向いていて、振り返ったりしません。
おれは、目の端でそよそよ揺れる黒髪を見つめるばかりでした。


「何が?………ちゅーか、『誰のことが?』?」


やっと言葉はかえってきます。それでも、こちらを振り向いてはくれません。


「……………お、おれのこと好きですか」


しばらく浜野くんは何も言いませんでした。しばらく経っても黙っていました。おれは胸の奥と目の奥がなんだか熱くて、じくじくと痛んだので、目をつむりました。黙って、浜野くんの背中に耳を寄せます。

…おれは、自分がここにいることが確かじゃなくたっていい。おれは宇宙みたいな大きなものに含まれたい。何もできない自分は、そうありたいと願う。

そうすればなにもかもうまくいきます。コーヒーに落とされたミルクの柔らかな模様のように、あたたかさがふわりとやってくるんです。おれをまもってくれます。


それでいいはずなのに、浜野くんの背中はときどき波の様に揺れました。


「……好きですか?」


かたく閉じたまぶたの裏に、さっき見たばかりの、記憶にあたらしい海の水面がフラッシュバックします。ちかちか、ちかちか、まぶしく星が降りました。目をつむった暗闇の中の星空です。
そんな夜空の下に、おれはひとりで立っているのです。ふと上を見上げると、おれの頭の上の上の方で、岸辺に座った浜野くんが釣り糸をたらすのが見えます。おれはまるで、魚になった気持ちがしました。
浜野くんの釣り糸の針には、おほしさまがぶら下がっています。クリスマスツリーのてっぺん飾りみたいなおほしさま。ぴかぴかして、安っぽくって、可笑しい。でもおれは、何故だかそのおほしさまが欲しくなって、手を伸ばすんです。必死に、手を伸ばすんです。ゆらゆらゆれて、つかめそうでつかめなくって。
浜野くんはそんなおれなんかに気づかずに、ニコニコ、宇宙の方ばかりを眺めていました。
さみしくてせつなくて、いとしい…








「好きなんじゃね」


はっとして、思わず目をあけました。

ニコニコした浜野くんが、こちらを振り向いています。浜野くんの後ろで、海面が、まぶしいほどに青く輝いています。


「ほ、本当に…?」

「ウソ」

「…そうですか」

「ウソウソ、ほんとだってば」

「どっちなんです…」

「だから、ほん……あ!」


急に声を上げた浜野くんはまた、宇宙の海の方を向いてしまいます。見ると、さっきまでだらりと垂れさがっていた釣り糸が、ピーンと張っていました。
釣竿が大きくたわんで、彼は嬉しそうに立ち上がります。


「すげぇ、大物!」


速水手伝って!と言われたので、おれもあわてて立ち上がりました。一本の釣竿を、ふたりで一緒に握ります。
浜野くんの手は、おれの手と違って、あたたかくてたくましいです。


「せーのぉ!」


浜野くんの掛け声とともに、すごい水しぶきとともに、えものを引き揚げました。
釣れたのはなんと、びっくりするほどベタな、破けた黒い長靴。


「ベタすぎますね…」

「ベタすぎておもしろいや」


ちらりと浜野くんの方を見ると、浜野くんもこっちを見ていました。おれの目を見て、微笑んでいます。


「…ガッカリしましたか?」


おれはおそるおそる尋ねるのです。


「しない」


浜野くんは首を横に振ります。
そして言いました。





「すごく好きだよ」