・成人済み風晴
・いつにもまして捏造多い
・いろんな部分を想像で書いています




















「晴矢。わたしが死んだらキミは悲しんでくれるか」


オレの腕の中には、もうだいぶん冷たくなった風介の体があった。すがりつくように抱き着いてくる彼は、力なくオレの肩に顎を載せたまま、まるで別れの言葉みたいに切り出す。今生のいとまごいのように。


「風介…」


オレはどうしたらいいかわからずに、どう言ったらいいのかわからずに、言葉を詰まらせてしまう。
と、突然、風介がごほごほと激しい咳をした。


「おいっ…」

「ふふ、とうとうお別れしなければいけないようだね」

「ばかなこと言ってんじゃねぇよ」

「はるや、わたしはキミのことをだれよりも…だれよりも愛している」

「…風介ぇ」

「なんだい、晴矢」


風介はよろよろと顔を上げた。応えを求めるように、オレの目をじっと見つめてくる。
その青白い顔に向かって、オレはいままで言いたくても言えなかった言葉を、胸の奥底に隠してきた気持ちを、思い切り言い放った。










「邪魔だからどいてろ」















しーん………。



リビングに静寂が訪れる。響くのは、オレがノートパソコンのキーボードをたたくかちゃかちゃという音だけ。例の風介はというと、オレの腕の中で非常に面白くなさそうな顔をしていた。うわ、めんどくさっ。
腕の中、と表すとなんだかオレが風介を抱きしめてやってるかのようだが、断じて違う。オレはただ単に自宅のリビングの洋式テーブルにパソコンをすえて、仕事をしているだけだ。ただ問題なのは、必死になってパソコンに向かってるオレとパソコン画面の間に、なぜか風介がいすわっていることであり―――つまり、パソコンに向かって座っているオレの太ももの上に、さらに風介がまたがるようにして座っていて、そのうえ正面から抱き着いてきている…というなんとも滑稽な体勢なのである。大の成人男性二人を載せた椅子が不憫だ。風介はずっとオレの肩に顎を載っけていたため、かろうじてパソコンの画面とキーは見えるが、視界の端にうざったい銀髪がちらちら映ることは免れない。背中に回された腕も鬱陶しい。


「ひどいじゃないか。恋人が病気だというのに」


女みたいなツラしたコイツが涙を浮かべてそんなことをいうと、様になって見えてしまう。


「病気ってアンタぁ…ただの風邪だろうが」


よれよれの青いパジャマの背中をぺしりとはたいてやった。するとまたオレの耳元で大げさに咳をしやがる。
今日の風介は、朝から具合が悪いだのなんだの言って、そしてずうっと寝間着でいるのだった。額には冷えぴたとか大げさすぎんだろ…密着してくる痩躯は、すでにいつもの低体温である。
まぁ自宅でどんなカッコしてようが咎めはしねぇけどよ。あくせくしているオレへのあてつけみたいでムカツク。


「ただの風邪とはなんだ、人間とは存外はかなくもろい生き物なのだぞ。凍てついた空から舞い降りる雪片の様に孤独で、壊れやすく…」

「おーおー、じゃあこじらせる前にベッドでおとなしく寝とけよ」


もうツッコミ入れるのとかめんどくさい。
つーかオレは今日の夕方までに終わらせなきゃいけない仕事やってんだよ。コイツかまってる暇ないから放っといてるけど、予想以上に付け上がりやがる。ああ、いつもそうか…。
それにしても重い。当たり前だ。オレより二回りほど大きい野郎が、あたかも幼児のごとく膝に座ってそのうえ抱き着いてきてる。シュールっちゃシュールな光景。


「チッ」


いらいらしながらもひたすらキーをたたいて、文章を作成してゆく。なんだかよくわかんねーけど、エッセイっぽいの。どっかの雑誌の数ページ分、書いてくださいと頼まれたのだ。正直めんどくさい。


「キミも小説家に転向するのか?」


オレの肩に顎を載せたまま風介が突然問うた。こう耳元でしゃべられると、息を吹き込まれるようで落ち着かないことこのうえない。


「しねーよ。アンタみたいに、あんなかっこつけた文章何百ページも書けねぇからな」

「じゃあそれは何を書いているのさ」

「よくわかんねぇけど…オレがこないだ描いた油画について感想とか制作中のこととか。エッセイ風に書いてくださいって、頼まれたんだよ」


そう、オレは曲がりなりにも絵を描くことを生業にしていた。主に油絵を描いているが、幸いにもそこそこ世間に知られている。たまに美術関連の雑誌に絵を載せてもらうこともあって、有難い話だ。それに付随するように、こうして自分の絵について語るような文章書かされたりもする―――自分の絵を論じるだのインタビューだのはこっぱずかしくてヤだけど。
オレが絵描きしてるって旧友なんかに知られると、みんな決まって「意外だ」って驚くしな。そりゃあ自分だって、大人になってこんなことしてるなんて思いもしなかった。


「わたしの方はせっかく締切が終わったばかりなのに…しばらくはタイピングの音など聞きたくないのだが」


だったらあっち行けよバカ。
ちなみに風介の言う締切というのは小説の締切だ。つまり、絵を描くオレに対して風介は小説を書くことを仕事にしているのだった。どういうわけか風介の小説は世間の評判が良い。賞をとった作品もいくつかある。ふだんからクソ寒い哲学じみた屁理屈しか言わない中二野郎だが、逆にそういう性格が小説を書くのに役立つんだろうか…。


「晴矢…のどがいたくて死にそうだ」

「唾飲んどけ」

「ねぇ、のどあめ買ってきてくれないか。もう舐めつくしてしまったんだよ。あとアイスも欲しい。ついでに、このあいだ出た新刊を十冊ほど買ってきてくれたまえ」

「注文多いな。つか自分の書いた本そんなに買ってどうすんだよ」

「凍地たちに配るのさ。サインを入れたのを、彼らが欲しいと言うから…」


いまだに、ダイヤモンドダストのやつらは風介を慕ってるというか崇めてるというか。オレ達プロミネンスとは違って、ずっと上下関係が抜けない。まぁ互いの信頼が深いのには変わりないか。
やれやれとため息をつく。


「コレ、終わったらな」


オレも大概、風介にあまい。
あまあまだ。


「…晴矢はわたしにあまいね」

「ぶっ」


よ、読まれた。コワイ。ときどきコイツはマジでコワイ。
狼狽していると、オレの肩に伏せっぱなしだった風介がおもむろに顔を上げた。オレの両肩を掴んでじいっとこっちを覗き込む。うえ、動揺してる顔見られるとか。

クスリと笑う風介の顔色はだいぶ良くなっている。珍しく、優しい笑い方。


「…んだよ」

「いいや、別に」


別に、とか言いつつも静かに近づいてくる整った顔。それを見て迷いなく目を閉じるオレも、つまりは愚かだった。風邪の所為かかさついた唇が、オレの唇と重なる。徐々に絡まる舌は思った以上に熱っぽい。ふんわりと、のどあめの子どもっぽいオレンジ味がした。
風介に似合わねぇのなんの…。