モノマニアの芥子さんから十万打のお祝いに頂きました!
・涼野×南雲




















「わたしはわたしの失った左腕を……わたしの視界に遠く入っている左腕を……取り戻そうと躍起になっていたのだが、わたしは自力では立てず歩けもしない。ましてや指一本動かすことすらできないのだから目の前にいる南雲、君に話しかけたのだよ、『わたしの腕を拾ってはくれないか?』だが君は女のように泣きじゃくって見当違いの言葉を途切っては吐くだけさ……そこでわたしは気づいた。君は女のようなのではなく、まさしく女だったのだ!わたしの《大怪我》を案じて泣いてくれるひとりの愛らしい少女だったのだ。かわいそうに、ってね。いつの間にかわたしは自分の姿を眺めていた。わたしは君よりずっと小さい、君の両の手に座り込めるほど小さい、君なしでは着替えもまともにできやしない……やはり少女だった」
涼野は長ったらしく続いた台詞を一旦切った。俺には涼野の言おうとすることの意味が全くつかめなかった。涼野は夢見るように、いや夢なのだが、馬鹿げたことを真剣に言う。
「で結局、あんたは何が言いたいんだ」
「つまりだよ南雲、わたしが夢で君だと思っていた少女はわたしのために泣いてくれるやさしい心の持ち主で、わたしには腕がなく、しかもわたしは君がいなくては全く生物として機能しないのだ」
「それは解ったけどよ……」
要するにあんたは夢の中で着せ替え人形になって、例の《大怪我》をしてたってそれだけのことだろ。俺は大仰に嘆息した。こいつの話は回りくどいから嫌いだ。だが涼野は否定する。ただの話ではないと言う。馬鹿げてなどいないよ……涼野のワントーン落ちた声の調子が俺の腕組みを解かせる。
「この夢はすなわち、浮き世で呼吸するわたしと似ているんだ。今君と会話するわたしと」
「……なんで?」
(涼野はまるで詩人だった。歯の浮くようなことを言っては俺を呆れさせたり、または無意味に微笑ませたりした。涼野は自虐的ではあるが、彼は本当は優しいということを俺は知っていた。そんなことは一生、口に出せないだろうけれども。)
「ここは孤独に生きてゆくためには不自由すぎる。わたしは今朝見た夢は真実味を帯びていると思うよ。例えばそう、わたしが君と生きなくてはならないことを暗示していたりするし、わたしが君に依存しすぎていることも不本意ながら正しいだろう」
涼野がいつもの物憂げな口調で説明する。俺は涼野が以前分厚くて厳めしい夢占いの本を楽しげにぺらぺら捲っていたのを思い出した。もしかしたら、そんなことなど有り得ないかもしれないけれどもしかしたら、その本には涼野の知りたいことが……今言ったようなことが……書かれていたのかもしれなかった。
「それに……君が優しいことだって紛れもなく真実じゃあないか」
涼野は微笑した。人形の硬いセルロイドで造りあげるには惜しいほどやわらかで淀みのない、それでいてぎこちない悲しみの垣間見える笑顔だった。涼野はあてもなく伸ばした左手の指たちを、一瞬迷ったそののちに俺の頬へ滑らせた。
「……ここにいる……わたしの南雲晴矢は、わたしのために泣いてくれるのかい、」
声は真実に直面したときの葛藤を抑えこむように震えていた。俺は答える代わりに頬にある指先を強く握りしめる。離さないように……自分はいつまでも臆病ではいられないのだ。





夢うつつをさまよう




投錨