モノマニアの芥子さんから頂きました!
・「傷と傷(吹豪)」の、その後のおはなしです




















「悟ったふりをするくらいなら死んだら良いとボクは思うよ。」
涙ぐむ眸がそれでも強い光を放つことが許せなくてボクは言う。ボクの言葉が彼に与える影響なんかたかが知れているのだがボクは言う。
ぼくはいう。
かれのしせんにふるえながらいう。


滴り落ちるマゼンタが見えなくなるくらいの月日が経ってしまった。ボクは健康的に焼けた肌がコーティングする彼の脚を両腕で掻き抱く。
「治らなかったねえ、痕が残っちゃったねえ、」
ボクは優越感でいっぱいになって笑みを抑えることができなかった。傷一つなかったなめらかな素肌をボクが汚したのだ。くだらない純潔など棄ててしまえ!(そうは言いながら自分は彼により傷つけられた純潔を取り戻したくて堪らないで居る……。心に出来た傷はなぜ広がるばかりなのだろう?)彼の純潔を汚した日のことは良く覚えている。この優越感と憎悪ともうひとつ、哀愁に近い気持ちだけがボクを支配していた。強姦魔なんかはあんな気持ちでいるのかも知れないと思うと、誰が被害者かボクには判らなくなってしまうからこれ以上考えるのは止すことにする。答えというのはいつでもシンプルが好まれるものだ。
(だが、そうはいかない場合は?)

ちろりと覗かせてみた舌はあの日の色を吸ったように赤く色づいているに違いない。あの日のようにボクは彼の傷口に濡れたそれを這わせ、(吸い上げた血液を押し戻すような感覚で、)あの日のように彼は立ったまま動こうともしない。お前は猛獣みたいだと消え入りそうに彼は言う。あながち間違いではないと思う。
「ボクの愛し方は他のひととは少し変わっているけど、ごめんね」
君が悪い。君がボクを愛しだしたことが悪い。ボクが君に惹かれてしまったから魅力ある君が悪い。気味が、悪い。他人との違いは君との違い、ボクは接吻の代わりに噛みつくことしかできないのだ。

ボクは彼のために鋭く伸ばした爪を永遠に完治することのない傷痕に突き立てる。(やめて)涙は透明でボクの浅ましい姿が見えてしまうから、(やめてよ豪炎寺くん)君のモリオンの目を強く強く抉り出す日も遠くはないかも知れないのです。(痛いよ、なかないでよ!)最後にまた熱っぽく紅の差した皮膚を食い破るかのごとく歯を立てて、新たに滲む不透明な赤に安堵の息を吐く。(みないで。)するとゆっくりゆっくり痛みに耐えるように膝は屈折され、やがて君の唇がそっと額に寄せられる。(それが接吻であることをボクは知らなかった。なにひとつ習わなかったからだ)
ボクは何の気まぐれか狂暴に蹂躙していた行為を停止し、彼に倣ってさっきより力を抜いた舌で以て鮮血を舐めとってみる。目線の高さはそこでかちりと合ってしまったが彼と目を合わせることができない。臆病者……ボクは虚勢を張る。この毛皮は自らのからだを大きく見せるためにあるのだ!

「ねえ、……痛みと快楽は似ていると思わない?」

いつもどうしてか高らかに喘ぐ声ばかりで抵抗ひとつしない彼を傷つけて傷つけて傷つけて最後になんとなくいたわる、あははは……ボクってやっぱりこどもで、やっぱりばか、いじわるでいじらしいばか、だよ。そんなボクから逃げ出そうとしない彼が大人で聡明かと言われれば簡単には頷けないのでボクはまた微笑んでしまった。
どこまでが自分自身の気持ちでどこからが卑しく横たわるペルソナなのか?互いは愛しあっているかも知れないし、憎み嫌っているかも知れなかった。傷の所在を共有しても、ふたりには何ひとつ理解するすべはなかった。その境界の淡さがもどかしさが、ボクをこれほどに残虐な衝動へと駆り立てるのだろうか。




さみしがりのおおかみ