・吹雪×豪炎寺




















「だって豪炎寺くんはボクの傷をえぐったじゃないか?」


吹雪はどこまでも穏やかな無表情だった。


「豪炎寺くんはさ、ぶえんりょに、どそくで。ぜんぶわかったようなかおして、へいきでえぐるじゃないか」


そう言って吹雪は、俺の足元にひざまずき、そして


「だからボクも」


俺の右膝にある真新しい傷の傷口に、そっと舌を這わせた。ただの擦り傷よりは深い傷だ。先程シュート練習のさなか、ファイアトルネードを打ったのち、珍しく着地失敗したのだ。地面と摩擦しながら思い切り全体重のかかった膝には、真っ赤なクレーター直径約4センチ。水道水で洗ったばかりのそこ、それでもまだ血の滴る窪みに、吹雪は何のためらいもなく舌を這わせている。


「吹雪、」

「あ、また血がでてきた」


なんともいえない感触と心持ちがする。吹雪の舌先から皮膚へそして体中へと伝わる妙な痺れに、俺は立ち尽くす。吹雪は何を考えているんだろう。吹雪の、薄紫に近い桃色の唇に、紅がのる。どんどんと染まる。


「いじわるされてしかえすのはばかなんだって」


息をつくように、吹雪はつぶやいた。彼の視線はただ俺の傷に向けられている。濁った双眸、


「ボクはばかだよ」


自分に言い聞かせるように吹雪は言う。


「すきなこにいじわるしたいっていうのは、おさないこどものいじらしさ」

「ボクはいつまでたってもぐずぐずのこども」

「いじわるなんてしちゃだめなのに、やっぱりいじわるしたい!なんてじれんま」

「ボクってこころのやまいかもどうしよう…」

「ああ、いまはきみが、かんじゃさんだったね、ごめんね」

「けがしたおいしゃさんの、かかりつけのおいしゃさんはだれなの?いないの?そんなの、」

「かわいそう」


つぷ。吹雪の白い指が、人差し指と中指が傷口に突き立てられる。爪がただれた肉をくいやぶって、骨まで届いてしまいそうだ。局所的な激痛に、声にならない悲鳴と、冷や汗が止まらない。くちゅ、くちゅ、様々な体液が吹雪の指先であふれる。


「…っ」


視界が涙で滲み、息が荒くなる。なおも白い指先はより奥を探る。(やめろ。)傷の中心をえぐられれば痛んだ。(やめてくれ吹雪。)深く深く肉をかきわけ、えぐり、誰も触れたことのない場所に指先が到達する。(痛い。)痛みは時折体の芯を走るからそんなときはさすがに、かすかに、声を上げてしまう。


「あっ…!」

「痛い?」


問い。荒い息を冷や汗を涙を隠せぬままにオレはうなずく。吹雪は笑う。真っ赤な唇は赤い三日月。白い肌に映える様はいっそ恐ろしい。


「ボクも、君にいじわるされて、おんなじくらい痛かったんだよ」


しまいに吹雪は、倍も深くなったオレの傷に、両手の指をそえた。両手の人差し指と中指と薬指とを使って、拡げ、覗き込むように…


「これが君の傷かい?」


問い。荒い息を冷や汗を涙を隠せぬままにオレはうなずく。吹雪は再び笑った。目を細めて笑った。

それは慈愛に満ちた微笑みにも見えたし、嘲笑のようにも見える。