・生徒会長涼野×南雲の高校生パラレル
・微裏




















「無償のものというのは、いつだって欲しい」


眼鏡を外しながら、涼野は言った。


「ただそれは、なかなか手に入らないね」


とも、言った。
オレに言ってるのではなく、単なる独り言のようだ。

五限目も始まったばかりの時間。生徒会室。生徒会長涼野風介の、涼野様専用の、特別な長机。
その上にでぇんと仰向けに押し倒されているのはオレで、押し倒しているのは涼野だった。

要するに、授業をサボタージュして×××、なシチュエーションである。


「オレさぁ、数Uの単位ギリなんだけど。サボりとかやべーんだけど」

「キミの都合は聞いていないよ…」


なんという我儘勝手。
ここに連れてこられるまでも、一言の説明もなしに引っ張られてきただけだし。

先ほど厳かに外した眼鏡を、叩き付けるように床に放る涼野。その眼は、薄暗い部屋のせいもあると思うが、常より濁った青。涼野に馬乗りされているオレはと言えば、緊張とも恐怖ともいえない感情を胃の腑に感じながら、黙って居るほかない。
こうなった涼野は特に手が付けられないのだ。

するり、涼野の細長い指がオレのカッターシャツの襟首にかかった。
と、思ったら、


「あ、!」


ぶちぶちぶちぶちぶちっ。

不穏な音が、静かな部屋に響きわたる。ちらり、視線を落とすとオレのカッターシャツは無残にも、ボタンがすべて引きちぎられぱっくりと観音開きである。これで何枚目だと思ってんだ、こいつは。
常に成績は学年トップ、模試でもほぼ毎回満点、さらには教師たちが全幅の信頼を置く生徒会長であらせられる涼野風介様は、その代わりと言っちゃなんだが常識がない。
ただの成績不振な一生徒であるオレにだって、常識くらいはある。だがこいつには無い。まるっきり無い。断言しても良いぜ。

それにしたって今月入って間もないというのに、もう二枚もシャツ破かれてるって、どうよ。怒ってもいいのだろーか。


「あんたなぁ」

「しゃべるな」

「っ…」


胸元を滑る濡れた感触に息を呑む。どうにも敏感なある突起部分を舌でくすぐられると、だらしない声が漏れてしまう。必死に声を殺そうとしているオレを上目づかいに見た涼野は、いやらしい笑みを浮かべた。

むかついて仕方がない。


「ぁ、あっ!」


突然に、胸の皮膚に鋭い痛みを感じて、大きな声を上げてしまった。見ると、先ほどまで優しく舌でなぶられていたはずの場所から、なにか真っ赤な液体が流れ出している。
ぺろりと唇を舐めた涼野の口元からも、同じように赤いものがつうとこぼれた。
抗議の言葉をぶつけようとするも、せわしない愛撫(らしきもの)に反応を返すのに忙しくて、言葉が続かない。噛まれたところをぐりぐりと舌でえぐられて、痛くて、涙がにじむのを覚えた。
ちくしょう、むかつく。

何に一番むかつくかって、こうして、生徒会長様のストレス発散用の慰みものという立場に甘んじている自分に、一番腹が立つ。


「んぁ…すずのぉ…」

「痛い?」

「たりめーだろ…」

「そう」


涼野の曇った瞳は曇ったままで、オレがその眼にどう映っているのかわからない。
そのよどみに若干の違和感を覚える。



こういう時優しくされないのはいつものことだ。というのも、涼野はいつも、オレに優しくしないことを、ひどくすることを、心の底から楽しんでいるきらいがあった。つまりとんでもねぇ性癖の持ち主なのだ。ほんと、とんでもない。オレに優しくしないことをする時の涼野は、いつだってえげつないほど楽しそうだった。

だのに、今日は、やけにつまらなさそうじゃねぇか。


「なぁ、あんた…どうしたんだよ」

「別に」


涼野はオレの胸に抱きつくようにしながら、顔を伏せた。
表情は見えない。


「どうせ、又なんかあったんだろ?先公になんか言われた?キミのおかげで今回もうちのクラスは平均が学年一位だ、とか」

「どうせ、か。まぁ、どうせ、だよ実際」

「まどろっこしいな、おい」


顔を上げた涼野の、憔悴した顔には少し驚いた。


「周囲にあまり期待されないキミのような人間には、わたしの苦悩はわからないだろうね。実務の成功に対する賞賛、そういう見返りだけがわたしの存在証明なのだよ」

「…中二病。あんた、そんなんだからトモダチできねぇんだ」 


言い切ったオレ。
涼野は、人を小ばかにしたように鼻を鳴らすと、作業を再開する。ズボンの中に手を入れられて、奥のおくまでたどり着いた手が、指が、早急にも体内に侵入してくる。いつもこうだ。気遣うこと、ということはありえない。


「っくぅ…ん」


痛みにうめき声をあげてもどうしようもない。どんどん奥へ入ってくる指が、無遠慮に押し広げていく。無表情にオレを見下ろす涼野は退屈そうな顔して、オレの立場がねぇじゃん。



あんたなんて大嫌いだ。















それから数えるほどもない順序を踏んで、ことを終えたわけだが、涼野はやっぱり憮然とした表情のままだった。
のろのろとズボンを穿き直すオレをよそにさっさと着替え終えると、床に落ちた眼鏡を拾う。まだ掛け直す気はないのか、つまらなさそうにフレームをいじっている。


「南雲、実はわたし、」


めずらしくしょぼくれた様子で、ぼそ、となにごとかを切り出す涼野。


「ものすごく目が悪いんだ」

「いや知ってるけど、」

「この眼鏡を掛けないと、机に置いたノートの字もよく見えないんだよ」


へぇ。そこまで悪いとは知らなかった。じゃああんた、いっつもやってる最中オレのことよく見えてねんだな、ふーん。知らなかった。

………。


「眼鏡が無いと、テストだって問題用紙すらろくに読み取れないし、ただの人ごみを歩くのも億劫なんだ」

「へぇー」

「つまり、ダメ人間になってしまう」

「ほぉー」


何が言いたい。
物欲しげな顔でオレを見つめる涼野。だから、なんなんだよ。


「眼鏡を掛けてないあんたも好きだよ、とか、言ってくれないのかい」

「…ば、ばっかじゃねぇの」


涼野が笑う。いつもと違う、ばかにしたのではない、純粋な笑みだった。

オレは不覚にもどきりとしてしまう。


「うん、キミはそれで良いよ」

「眼鏡外したあんたはいつも以上に最悪だからな」

「ふふ」


笑いながら、涼野は眼鏡を掛け直す。
やっぱ似合ってんなぁ。



とか。