広瀬が作ってくれた和風ハンバーグはとても美味しかった。めったに表情を動かさない祖父もほんの少し頬を緩ませていたし、風羽も、さっぱりとした味付けのハンバーグに舌鼓を打った。

「美味しかったです」
「そう? なら良かった」
「優希くんは料理がお上手なのですね」
「大したことないよ。レパートリー少ないし。でも、喜んでもらえたなら何より」

 広瀬から濡れた食器を手渡されて、風羽は乾いた布巾で水気を拭き取った。祖父は夜に町内会があるということで出掛けてしまった。先にお風呂に入りなよ、という広瀬の提案を断って、風羽は夕飯の後片付けを手伝っている。広瀬がここにいるのは、今日で最後なのだ。少しでも長く一緒にいたかった。

 広瀬はすすぎ終わった皿を風羽の前に置いて、拭き終わった分を戸棚に戻し始めた。風羽も意図せず止まっていた手を動かす。明日からはまた祖父と二人の夕飯になる。不満ではないが、しばらくは寂しさが付きまとうだろう。広瀬はするりと風羽の生活に入ってきて、あっという間に馴染んでしまった。

「風羽ちゃん、どうしたの? もしかしてもう眠い?」

 また気付かないうちに手が止まっていたらしい。風羽が広瀬を見上げると、もう拭き終わった分は仕舞ったようだった。広瀬はぽんと軽く風羽の頭を撫でて、「バスで出掛けたから疲れたのかもね」と微笑みかける。風羽はきゅっと胸が苦しくなって、「そんなことはありません。平気です」と返した。

 もう明日になれば、この優しい掌は風羽の頭を撫でてはくれないのだ。

「今日は早めに寝るようにね。もうお風呂沸いてるから入りなよ。後は俺がやっとくから」
「……分かりました」

 広瀬の言葉は言い聞かせるように優しく、風羽は頷いてそう言うしかなかった。広瀬に残りの皿を差し出して、風羽は一旦自室に向かうことにした。バスタオルと下着を選び、新しいパジャマを取り出して階下へ向かう。

「順調ですよ。これなら前よりマシになりそうです」

 不意に聞こえた広瀬の話し声に、風羽は足を止める。足音を立てないようにそっと踏み出して居間を覗けば、頭髪のうねったあの烏天狗がいた。明らかに不法侵入だ。けれど彼は広瀬と親しいらしいし、会話の邪魔するのは良くない、と風羽は身を潜める。

 風羽には烏天狗の声は聞こえないから、ただ広瀬が一方的に話しているように感じた。そのせいで会話の内容がさっぱり分からない。彼らは何を話しているのだろう。

「あはは、マシにならないとまずいでしょう。色々と」

「そうですね」

「それは先輩の普段の行いのせいだと思います」

「癒されますよ。素直で可愛いですし」

「……分かってますよ。今だけです。俺も鬼じゃないですし、さすがに振り払えません」

 にやにや笑いの烏天狗が去っていくのを、柱の影から風羽は見ていた。広瀬は、もういなくなってしまうのだ。風羽は寂しさで締め付けられる胸をぎゅっと押さえながら、その苦しさを誤魔化すようにバスタオルを抱き締めて風呂場に向かった。