よく見ると、頬が土で汚れていた。広瀬が持っていたタオルでそれを拭ってやると、彼女は驚いたのか、一瞬だけびくりと肩を跳ねさせた。しかし広瀬のやろうとしていることに気付くと大人しくなり、目を閉じてそれを受け入れる。

(それにしても、すごく可愛い子だな)

 睫は長く、ふっくらとした丸い頬に影を落としている。テレビで見かける子供タレントなんて目じゃない。広瀬が顔を拭うのをやめると同時に開かれた瞳はくりくりと丸く、好奇心旺盛だ。

 じっと見つめていたら、少女はありがとうございます、と小さな声で言った。広瀬も彼女のボサボサになった髪を撫でつけながら「どういたしまして」と返す。

「一人で大変だったね。もう大丈夫だよ」

 できる限り柔らかく微笑んで、そのまま頭を撫でてやる。すると小さな少女は俯いて、ぎゅっと膝で握り拳を作った。

「修行のつもりだったのです」
「修行? 何の?」
「精神たんれんです」
「精神鍛錬……。それはまた、すごいね……」
「けれど、道を踏み外して、落ちて、足をひねって、動けなくなって」
「……」
「リュックにいくらか、食料と水はいれていましたが、すぐに無くなって」
「うん」
「一人で大丈夫だと、おじいさんにも言ったのに。……情け、ない、です」

 ぽたりと雫が握り拳の上に落ちる。広瀬はタオルを差し出して、その頭を優しく撫でてやる。彼女はタオルに顔を押し付けて泣いた。幼い子供には似合わない、自分の情けなさに対して泣いた。

 黙って頭を撫でる広瀬に、ふうはぎゅっとしがみついた。誰かが来てくれたことへの安堵もあるのだろう。いくらしっかりしているように見えても、まだ十に満たない子供なのだ。

 広瀬は不安定な姿勢でこちらにしがむつく少女をそっと抱きかかえて、膝の上に載せる。怪我に障らないよう優しく抱きしめてやると、安心したように肩に顎を載せてきた。あやすように軽く背を叩いてやれば、少しずつ泣き声は止んでいった。

「……私が泣いたことは、祖父にはないしょにしてください」
「いいよ。ふうちゃんと俺の秘密ね」
「む。そう言えば、お名前を聞いていません」
「俺? 俺は広瀬優希。そう言えば、ふうってどんな漢字か分かる?」
「風の羽と書いて、風羽です。靴は去年買ったものなのでひらがなで書いてあるのです」
「そうなんだ。良い名前だね」
「祖父がつけてくれました。ゆうきくんのゆうきは、どう書くのですか?」
「優しいのぞみ、って言って分かるかな。手のひら出して」

 差し出された手に「優希」と書いてやると、「優」の字がうまく伝わらなかったらしく風羽は首を傾げた。

「帰ったらまた教えてあげるよ」
「ぜひ、お願いします」

 ようやく風羽は笑顔を見せる。その笑顔を見て、広瀬もほっと息を吐いた。

 烏天狗達が広瀬と風羽を見つけたのはそのすぐ後のことだった。膝に風羽を抱えた姿を千木良に見られ、「うわー広瀬クンってばロッリコーン」とからかわれたのは、広瀬には非常に遺憾であった。